くさつFarmers' Market

取材記事

2023.05.13

珈琲が飲めない人も集うお店。肩肘張らない「さとう珈琲」から広がる人とのつながり

さとう珈琲[草津市]

くさつFarmers’ Marketに出店しているある珈琲屋には、珈琲豆が並ぶ隣に100冊以上もの本が積み重ねられています。ここに集まる人たちは、珈琲が好きなだけでなく、本が好きだったり、たわいもない話がしたかったり。そんなちょっと変わったお店が「さとう珈琲」です。

   

佐藤鷹政さんが営む「さとう珈琲」は、自家焙煎した珈琲豆の量り売りをメインとしています。「大学卒業くらいから珈琲が好き」と語る佐藤さんは、焙煎を始めて10年以上になるそうです。

今回の記事では、出店において珈琲豆だけでなく本もおいている理由や、なぜさとう珈琲にはさまざまな人たちが集うのか、さらには、活動に込められた想いを紐解いていきます。

珈琲と本で人と繋がる「さとう珈琲」の活動

さとう珈琲は店舗を持たずに、くさつFarmers’ Marketをはじめとしたイベントへの出店を基本としています。販売するのは「あっさり味(グアテマラ)」と「しっかりとした味(ブラジル)」、「カフェインレス」の3種類を自家焙煎したもので、豆の種類は基本的に変えません。

焙煎する豆を3つに決めているのはなぜなのでしょうか。また、どうして液体の珈琲ではなく、珈琲豆を販売するのでしょうか。

「基本の3種にプラスで1つだけ実験的に焙煎をして提供している豆がありますが、3種類の豆は基本的に変えていません。一つは、今のところこの3つが個人的にベストな豆だと思っているからです。もう一つは、焙煎の技術が安定しているのかを確かめるためです。火加減や攪拌など、あらゆる判断を”なんとなく”で焙煎しています。その”なんとなく”が仕上がりにどのように影響しているのか。感覚的に解釈しながら、日々の焙煎をしております。そんな中で生豆を変えてしまうと、仕上がった味わいの変化が焙煎技術のムラなのか生豆由来なのかが分からないんです(笑)。

また、液体の珈琲を販売してしまうと、どうしても忙しくなってしまうんですよね。何人も注文が立て込んでいるときだと、一杯を提供するのに20分程かかってしまうこともあります。来場者さんと話す時間も大切にしたいので、珈琲豆の販売をメインにやっています」

出店ではテイスティングを実施

一人ひとりと話をする時間を、そして、人とのつながりを大事にしている佐藤さんは、珈琲豆の販売以外にも、本と珈琲を物々交換をする「ぎぶみーザぶっく」を1年前から実施しています。

「『珈琲屋』と『来場者さん』だと、『珈琲を教える人』と『珈琲を教えられる人』という一方的な関係になりそうで嫌だなと思ったんです。でも、本を介すると来場者さんのほうが詳しかったりして、教えてもらうことも多く、関係がフラットになるんですよね」

珈琲豆だけでなく、ぎぶみーザぶっくで集まった100冊ほどの本が並ぶお店には、珈琲好きから飲めない人、さらには子どもたちも訪れています。

肩肘張らない、長く続けられる珈琲屋を目指して

大学を卒業する頃に、珈琲を好きになり、焙煎をするようになって10年ほどになる佐藤さん。焙煎を始めたきっかけは、京都のとある珈琲屋だったと言います。

「そこの珈琲はとても美味しくて、手回し焙煎機で焼いていたんです。店主さんに焙煎方法を聞くと『火をかけて、窯回して、焼くだけ』と教えられて、私も手廻し焙煎機を買ったのですが、全然できなくて(笑)。そのお店の味を想いながら、10年ほど焙煎をしています。最近になってやっと焙煎に安定感はでてきましたが、まだまだですね(笑)」

2020年に仕事を辞めて、くさつFarmers’ Marketなどのイベントに出店したり、珈琲豆の直接販売をしたりと活動を広げてきました。「いつかは草津にお店を構えたい」と語る佐藤さんには理想とするお店があるそうです。

「語弊を招いてしまうかもしれないですが、『”何もしていない”のにお客さんの来るお店』がいいなと思ってるんです。私は”わたしの珈琲”を提供することしかしない。それなのに、忙しいときは待ってくださったり、宣伝しなくても何度も来店してくれる人がいる。そんなお店がいいなと思っています。

先程の京都の珈琲屋も、肩肘張らないスタンスなんですよ。お客さんと関係ができているから、対等に接している。そこでは、“店主”と“店を訪れた人”とが喧嘩をする場面をたまに見かけます。それは訪れた人が『“一方的な関係”を前提として来た人』だからだと解釈しています。いわゆる『お客“様”』として来られたときなどです。“店主”と“客”という関係を対等に築くためには喧嘩という行動が、必要な表現なのだろうと眺めています。わたしにはできないやり方です(笑)。

ですが、互いに築き合うことで生まれる関係や、その関係を守るためならば“厭わない”というスタンスは、今でもたいせつなものとして捉えています」

互いに無理をしない、ありのままでいることを認め合える人たちと関係を築く。だからこそ、美味しい珈琲が提供できる。そんな佐藤さんが描く理想に、近づいた出来事があったと言います。

「先日、お客さんがSNSで『珈琲の味はわからないけど、買うなら佐藤さんのがいい』と書いてくれて、とても嬉しかったんです。これは私とお客さんとの関係性が成っているからこその言葉だと思っています。

世の中にはもっと”美味しい”珈琲はたくさんあります。ただ、それらはこのお客さんには響かないかもしれません。手を抜くことはないですが、私がどんな珈琲豆を焼いても、受け入れてくれるのではないかと思います。殊更なことなどしていないのに、どうしてだか人が集まってくる。それが理想ですね」

実験的に始めた「ぎぶみーザぶっく」が人をつないでいく

理想のお店を目指して、くさつFarmar’s Marketの出店では新たな取り組みを始めました。その1つが、本を中心とした物々交換をする「ぎぶみーザぶっく」です。1年前から実施しているこの取り組みは、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。

「私が本を読むようになったのはここ数年のことです。なんでも読みたいけど、どんな作家がいるか詳しくない。そんなときに、人にオススメしてもらった本だったら、どんな本でも読むだろうと思ったんです。もし本の内容が面白いと感じられなくても、『オススメしてくれた人はこういう本が好きなのか』と興味を持てる。

そんな思いから『ぎぶみーザぶっく』を実験的に始めました。今では、100冊も集まって、出店時に持ってくるのが大変なのですが(笑)」

佐藤さんは「ぎぶみーザぶっく」について大きな宣伝はせず、くさつFarmers’ Marketの店舗でも「本はいつも通りです」と書いているだけで、詳しくは説明をしていません。

「初めてお店に来てくれた人は、なんで本を置いているかわからない人ばかりだと思います。でも、すでに『ぎぶみーザぶっく』を知っている常連さんやくさつFarmers’ Marketのサポーターの人たちが説明をしてくれたり、どんな本がオススメかを話したり。私が介さなくても、どうにかなっています(笑)」

誰にでも受け入れられようとすると、ちょっと疲れる

「ぎぶみーザぶっく」のように思いついたことをお店で試し、100冊集まったり、本を中心に来場者同士でコミュニケーションが発生したり、“思いがけない”ことが起こったりする。そんな変わった珈琲屋は、今後どんなことを試してみたいのでしょうか。

「お店の設えを少し変えたいなと思っています。もう少し整えて、なんならちょっと入りづらい雰囲気にしたいですね。四方に布をはって、お店の中がチラリと見えるくらいにして。勇気をもって入って、ハマったら出られなくなるような!そんなお店にしたいです(笑)。

『誰でもいいからお店にきてもらう』というスタンスも好きなのですが、すぐに疲れてしまうんですよね。私は嘘をつけないから、それを顔に出してしまう。せっかくの『はじめまして』がそんな出会いにならないよう、ちょっと入りづらさを醸し出したお店にしていきたいなと思います。ちゃんと並行して、『すぐ疲れちゃわないように』もしてまいります(笑)」

執筆後記

お店を営んでいたら、どうしても「売上を上げよう」「もっとお客さんを呼ぼう」となってしまう。でも、お客さんがいっぱいきたり、商品が多くなったりすると、背伸びしてそれに応えようとしてしまう。

いかに、無理をせず、ありのままで長く営み続けるには、どうすればいいか────。

それを実験しているのが佐藤さんなのだと、取材を通して感じた。「珈琲豆を買いにくるお客さん」として接するのではなく、「推理小説が好きで、深煎り珈琲が好きなお客さん」のように、ちょっとだけ互いを深く知っておく。そうすると、お店が忙しいときでも、「10分ほど待ってください」とお願いできたり、「お店をみておいてください」と頼んだりもできるだろう。

「お客さん」と「店主」の境界線を、曖昧にしていく。そこからどんなものが生まれてくるのか、佐藤さんの活動に今後も注目していきたい。