くさつFarmers' Market

取材記事

2023.04.05

漁師として琵琶湖と共に生きる。1000年以上の伝統漁業「えり漁」をするフィッシャーアーキテクトが描く未来

フィッシャーアーキテクト[大津市]

冬の琵琶湖漁は、まだ太陽が顔を出していない時間から始まります。朝と呼ぶには真っ暗な時間。容赦なく吹きつける風は、一瞬で体を凍らせてきます。それでも孤独にならないのは、波の音が優しいからでしょうか。

今日も琵琶湖を体いっぱいに感じながら、定置網へ船を向かわせるのです。

フィッシャーアーキテクト代表の駒井健也さんは、1000年以上受け継がれている伝統漁法「えり漁」という小型定置網の漁法で、氷魚やイサザ、コアユなど約30種類を漁獲・販売しています。「琵琶湖と共に暮らす生活を未来へつなぎたい」という想いから、一般の人でも漁業が体験できる『BI-WAKE UP』や琵琶湖に関わる人たちと交流しつつ景観をつくっていく『BIWACO-WORKS』といった取り組みもしています。

滋賀で生まれ育ったものの琵琶湖のそばではなかったと言う駒井さんは、なぜ「漁師」という道を選んだのでしょうか?そして、駒井さんを魅了した湖魚の魅力とは?漁に同行しつつ、たっぷりお話を伺いました。

1000年以上受け継がれている「えり漁」

琵琶湖を眺めると、水面からたくさんの杭(名称:コンポーズ)が突き出ているのを見覚えありますか??

1000年以上も続く琵琶湖の伝統的な漁法「えり漁」は、コンポーズに網をくくりつけた小型定置網の一種です。障害物にぶつかるとそれに沿って泳ぐ魚の習性を利用した漁法で、矢印の先端である「つぼ」と呼ばれる場所に魚が滞留するようになっています。

駒井さんは9時からの出荷に間に合わせるために、朝5時から漁に出ます。船を走らせて約10〜15分、目的地についたら船を寄せて、網にくくりつけたおもりを取り、引き上げていきます。琵琶湖漁は夫婦で営んでいて、二人で作業をする漁師さんが多いそうですが、駒井さんは全ての作業を一人で終わらせるのです。

※取材日は、えり漁を学ぶ研修生がいたため二人で実施。

(目的地についたら、網についたおもりを外していく)

(網を引き上げているとだんだん明るくなってきました)

取材した2月中旬は、鮎の稚魚である「氷魚」や、スズキ目ハゼ科に分類される「イサザ」が取れます。琵琶湖には、約60種類以上の魚が生息しており、駒井さんが設置している網には年間30種類もの魚がとれるそうです。

(氷魚)

えり漁は12月1日から解禁になり、1〜2週間すると※禁漁に。そして、年によって異なりますが、1月中旬ごろから再開し、8月20日まで実施。9月〜11月いっぱいまでは、網の修理や整備など次の漁に向けた準備期間になります。

※滋賀県が決めている捕獲量があり、それに達すると禁漁になる

誰よりも琵琶湖の当事者になるために漁師に

駒井さんが生まれ育ったのは、滋賀県南東部に位置する栗東市です。滋賀県ではありますが、琵琶湖に面していない地域で育った駒井さんは、いつ頃から「漁師」という道を見据え始めたのでしょうか。

駒井:大学・大学院と学びを深める中で、徐々に漁師という道が見えてきた……という感じです。建築の一種である「環境建築デザイン学科」に所属していて、地球環境に配慮したもの作りを通じて、人と自然との共生を学んでいました。

学部時代の研究で印象的だったのは、琵琶湖最大の島であり人口200人程の「沖島」です。島なので、大きなものを運搬するのが難しいため、なるべく持っている資源を循環させて人々は生活しなくてはいけません。そのシステムがいいなと感じ、ずっと続いてほしいと思いました。

さらに、長期休暇の際は、世界的に良いとされている建築物を見るために、バックパッカーで多くの国を周ったと言います。当時を振り返って、「人生で人と自然との共生を通じてどういった風景をつくりたいのかわからず、さまよっていた」という駒井さんですが、インドのある風景に強く惹かれたそうです。

駒井:賛否両論はありますが、インドのガンジス川で、水と共に生活する風景に衝撃を受けました。川辺でヨガや洗濯など生活をするだけでなく、亡くなった人も埋葬する。ガンジス川で生き、人生が完結していく。もちろん、観光客もいますが、地元の人たちが居心地良く住んでいるのが素敵だなと感じました。

インドのガンジス川は、日本で当てはめるとどこだろうと考えた際に、琵琶湖に可能性を感じたんです。生活に必要な水として琵琶湖は利用されてますし、食べるために魚もとっているので、近しいなと。

そして帰国後、卒業論文のテーマを琵琶湖にして、漁師さんたちにヒアリングに行きましたが、待っていたのは悲観的な意見ばかりでした。

駒井:20箇所程の漁港を回ったのですが、「若い人がいない」「魚が取れなくなってきてる」とみな口を揃えるばかりで……。琵琶湖と共に生活するのに適した建築物を考える前に、漁師の仕事がなくなるなと危機感を抱きました。自分に何ができるかを考え続けて、琵琶湖を誰よりも当事者として考えるためには、漁師になるしかないと思いました。

課題だらけである琵琶湖の水産業ですが、状況が変わるかもしれないと希望を抱けたのは「魚を美味しく届けてくれるお店を知ったこと」だと言います。

駒井:漁師の修行を始めた際に、湖魚を使った料理を提供しているお店になるべく足を運びました。そのなかでも特に、琵琶湖のフナやビワマス料理を中心とした湖魚料理を提供する『湖里庵』は、はじめて食べる味の美味しさに感動しましたね。美味しい状態で届けられたら、喜んでもらえる人がいることを知って、希望が見えました。

琵琶湖の暮らしを多くの人に伝えていく

2017年10月から※3年間の国の長期研修を経て、2020年10月に独立。今年で独立して3年目を迎えました。これまでの道のりを振り返って「少しずつ余裕がでてきた」と言います。

駒井:通常、えり漁は2人で実施していて、夫婦で営んでいる人たちが大半です。でも、フィッシャーアーキテクトは私だけなので、船を定置網のそばにつけたり、網を引き上げたり、全てを1人でやらなくてはいけません。1年目は、1人で漁をするのに苦労しましたね。

2年目からは、1人での作業にも慣れてきて、漁に出たり、網を修理したり、1年間のリズムが分かってきました。さらに、3年目の今年は、えり漁以外にもうなぎ漁や琵琶マスの刺し網漁、ニゴロブナの刺し網漁にも挑戦する余裕が作れるようになりました。

※漁師を育成しようと国がサポートしている研修制度。現在は、半年の研修制度(滋賀県が提供)と3年の研修制度を選ぶことが可能。

漁だけでなく、駒井さんの原点である「琵琶湖と共に生活する」ことを伝える活動も積極的に実施しています。その一つが、くさつFarmers’ Marketへの出店だそうです。

駒井:くさつFarmers’ Marketでは水槽に魚を入れて、生きたまま展示しています。そこから、どんな魚が琵琶湖にいるか、魚をどう調理するかを来場者に伝えるよう心がけていますね。

生きたまま展示するのは、琵琶湖や湖魚を身近に感じてほしいからです。さらに興味を持ってくれたら、私が実施している漁業体験に参加してほしいなと思っています。

高齢化が原因で、琵琶湖の漁師は年々減少していて課題は多いです。でも幸いにも、湖魚を提供するレストランが増えてきて、徐々に注目度が上がっているなと感じます。いつか、琵琶湖と共に生活する人が増えて、各漁港で若い漁師たちが漁業体験を提供できる未来がきてほしいなと考えています。

執筆後記

くさつFarmers’ Marketの大半が農家のなかで、漁師が出店するのは異色のように思えるかもしれません。しかし、田んぼと琵琶湖は密接であり、切っても切り離せない関係なのです。

その象徴的なのが、鮒です。滋賀県の郷土料理「鮒寿司」に使われている鮒は、田んぼで産卵をして、琵琶湖に下ってきます。鮒寿司がお米と鮒で作られているように、鮒が生きるには田んぼと琵琶湖、両方ないと生きてはいけないのです。

大地に降り注いだ雨は、川へ、湖へ、そして海へ流れていきます。私たちはその循環のなかで生きていますが、生活をしているなかで実感するのはなかなか難しいかもしれません。くさつFarmers’ Marketは、来場者に少しでもその循環を感じてもらえるよう、漁師にも出店いただいています。

ぜひ、魚たちを通して琵琶湖を感じてみてください。そして、水と共に生きる生活に思いを馳せてみてください。