くさつFarmers' Market

取材記事

2023.04.21

産地全体で無農薬・無化学肥料を紡いできた。次の世代に政所茶を広めてく「茶縁むすび」のチャレンジ

茶縁むすび[東近江市]

滋賀県東部、鈴鹿山脈の山間にある「奥永源寺」を知っていますか?冬には2メートルもの雪が降り積もる寒さの厳しい地域ですが、緑豊かな山や澄んだ水の恵みを受けつつ、人々が生活を営んでいます。

ここで育てられているのが「政所茶」です。室町時代から約600年の歴史がある政所茶は、朝廷にも献上されていました。さらには、茶摘み歌に「宇治は茶どころ、茶は政所」と歌われるほど。しかし、少子高齢化や林業の仕事が減ったことなどが原因で、奥永源寺に住む人たちも減少。約370軒あった生産者が現在は60軒ほどになってしまいました。

そんな中、2014年から奥永源寺に移住をして、政所茶を産地から直接販売している唯一の専業農家が茶縁むすびの山形蓮さんです。栽培・販売だけでなく、政所茶生産振興会を立ち上げて産地について知ってもらう機会を増やしたり、茶摘み体験を実施したり、政所茶を広める活動にも尽力しています。

今回の記事では、自然と共存しながら育てる栽培方法から、政所茶に注ぐ山形さんの情熱を伺いました。

樹齢100年!?一つひとつの茶樹に個性がある政所茶

取材に伺ったのは3月上旬で、雪が溶けたものの寒さが後を引いていました。「まずは茶畑に行ったほうがわかりやすいですね」と山形さんに案内してもらったのは、山の急斜面に並ぶ丸い茶樹でした。

「茶畑というと、一直線の畝を想像する人が多いと思いますが、政所茶は丸い茶樹が特徴です。急斜面に植えられているため、機械が入ることができず、全て手作業。特に、茶摘みはしんどくて、体験にきてくれた人は筋肉痛になってますね(笑)」

茶樹をよく見てみると、大きさや形が少しずつ異なります。その理由を尋ねると「政所茶の多くは、実生在来種という種から育てているため個性が出るんですよ」と説明をしてくれました。

「一般的な茶栽培は、形や風味の優れた茶の木を挿し木し、クローンのように増やしていきます。一方で、政所茶はこの土地で種が落ちたものが芽吹き、何年もかけて大きく育ちます。なかには樹齢100年を超えるものもあるんですよ」

葉が大きかったり小さかったり、病気に弱かったり強かったり、個性ある茶樹が並ぶ

政所茶は、5月の一番茶、3月下旬または6月下旬のお番茶(新芽を刈り取った後の茶葉で、新茶に比べて大きく固いのが特徴)の茶摘みで、栽培のワンサイクルを終えます。夏からは雑草と戦いつつ、土づくりに入ります。7月はススキを、11月は山から落ち葉をかき集めて、土と混ぜていきます。そして、12月からは雪が積もり始め、じっと茶摘みの時期を待つのです。

畑には土づくりのための落ち葉やススキがたくさん

現在、山形さんが販売しているのは、手摘み煎茶・ほうじ茶・平番茶・古樹番茶・玉露の5種類です。

「日本人にとってお茶は身近ですが、どのように作られているかを知らない人も多いので説明させてください。
手摘み煎茶は丁寧に一枚ずつ手摘みで収穫し、政所茶の香りを生かすため極浅蒸しで仕上げています。煎茶の茎の部分だけを集めて軽く焙じて作るのが
焙じ茶です。

平番茶』は、成熟して硬化した茶葉を収穫して、大きな木製の桶に詰めて30分じっくりと蒸し、枝を取り除いて乾燥させたもの。平番茶はカフェインレスなので妊婦さんに人気ですね。古樹番茶は、樹齢が100年を超えた茶樹を丸ごと使い、薪の火でじっくり焙煎しています。収穫を迎える約3~4週間前に茶樹に被覆(ひふく)をして、日光を遮った葉を使うのが政所茶玉露です」

自然の営みがあるから、お茶を飲むことができる

600年ほどの長い歴史がある政所茶ですが、一時期農薬や化学肥料を使ってしまったときはあるものの、基本的に無農薬無化学肥料で育てられており、現在においても変わりません。「『産地全体で無農薬無化学肥料』というのは、全国的にも珍しいことだ」と山形さんは言います。

「鈴鹿山脈から琵琶湖に注ぐ愛知川の源流域に奥永源寺があるため、水を汚してしまうと、下流に住む人たちにも影響してしまいます。それを昔の人もわかっていたため、無農薬無化学肥料が普通になってるんですよね。今では取り決めができましたが、私が移住した頃はみな当たり前のように過ごしていました。」

化学肥料を使わず、それでもより良い茶葉を摘むため「土づくりには労力をかけている」と語る山形さん。自然の理を生かしつつ、来年の土づくりではなく、10年20年後を目指して土を作っているそうです。

「肥料をホームセンターから買うのではなく、落ち葉を山で集めることからやっています。毎年欠かさずに、急斜面の茶畑にススキや落ち葉を敷くのは、とても大変ですね。他にも、くさつFarmers’ Marketに出店しているNPO法人愛のまちエコ倶楽部が作っている発酵油粕『菜ばかす』も使わせてもらってます。

今年敷き詰めた落ち葉が、来年の収穫に反映されるわけではありません。長い年月をかけて、微生物が分解をしてくれて、10年20年先の土を良くするんです。」

産地に住む人たちと共に政所茶を守る

もともと彦根市に住んでいた山形さんが、政所茶に出会ったのは2012年のフィールドワークに参加したことがきっかけでした。少子高齢化で人口が減少している地域を訪れ、課題解決をするもので、山形さんはたまたま奥永源寺地域のフィールドワークに参加したそうです。

「集落の人たちと話すなかで『先祖から茶畑を引き継いできたから守りたい。けど、人が減っていて、このままでは守れそうにない』という声を聞きました。何かを提案するよりも、一緒にできることがあるのではと感じたんです。そこで、耕作放棄されている茶畑があるのなら、貸してほしいとお願いしたことが始まりでした」

しかし、集落の人たちの反応は決してポジティブなものではありませんでした。「3年続けるなら、本気で教えてあげる」と条件付きの了承を得て、やっと茶畑を借りることができたのです。そこから1年半は、彦根市から奥永源寺まで、仕事をしながら茶畑に通う生活を送ったと言います。

茶摘みの時期にはSNSで手伝ってくれる人たちを募集したり、学生が主体で政所茶を育てるグループ「茶レン茶“ー(チャレンジャー)」を結成したり、山形さんの活動で若い人たちが奥永源寺を出入りするようになりました。

すると、「過疎地域だから」と課題視していた行政の人たちが、山形さんたちの活動をみて、奥永源寺を見る目が変わったそうです。

「東近江市が奥永源寺地域に地域おこし協力隊を募集し始めたんです。この集落にとってお茶作りは重労働でやっかいなものと思っていたのが、意外と募集したら手伝ってくれる人が増えるのではないかと考えたんです。
私もちょうど住む場所を考えていたので、『これは地域おこし協力隊に入って、移住をしよう!』と思い、応募しました」

2014年から奥永源寺に移住をして、地域おこし協力隊として働き始めた山形さん。その3年後には、生産者組織である「政所茶生産振興会」を発足。それぞれ個別で生産と販売をして独立していた生産者を、みんなで集まって問題とそれを解決するための情報共有のコミュニティにしたのです。

「当時70軒ある生産者のうち、ほとんどが70歳以上でした。このままでは20〜30年先は、担い手がどれくらい残るか……という状況です。次に多い50代の生産者さんも、お茶づくりを専業でやっているわけではなく、全員本業は別にあります。仕事もあり、家族もあるなかで、お茶づくりの優先順位を上げることは難しく、課題をそれぞれの家の中で抱えておられました。

たしかに、お茶の栽培・販売は大変です。だけど、一人ではないことを知ってほしいなと思って政所茶生産振興会を作りました。さらには、『もう少しPRに力を入れよう』『茶摘み体験をやってみよう』などアイデアが出るようにもなりました。奥永源寺を盛り上げようとするのが私だけの思いではなく、産地全体の思いになりつつあります」

2022年5月の茶摘みの様子。毎年助っ人を募集しており、詳細はこちら↑のページから(画像をクリック)

担い手から、新しい担い手へバトンを繋いでいく

政所茶生産振興会を立ち上げて、奥永源寺は盛り上がりを取り戻しつつありますが、現状はまだまだ高齢化による人口減少が深刻です。より担い手を増やしていくためにも、政所茶生産振興会に所属する人たちの有志によって、法人を立ち上げる予定だと言います。

「政所茶生産振興会を立ち上げたメンバーが、定年退職を迎えて、時間と労力が増えました。茶畑の面積を増やしたり、担い手を誘致したり、未来に向けた挑戦をするには今だと思っています。

政所茶はクワとカゴがあれば始められるため、初期費用は少ない。あとは、法人化をして収益の確保ができるような仕組みを整えれば、新規就農は増えるのかなと考えています。最近は『政所町に帰りたい』と言っている30代の方の声をよく聞きます。そういう人たちが帰ってき、しっかりとお茶で生活できる基盤を作っていきたいですね」

執筆後記

くさつFarmers’ Marketの出店者へ取材するなかで「先人が自然との繋がりを大切にしていたんだ」と感じられることが幾度かある。

今回の茶縁むすびさんの取材では、下流に住む人たちのことを考え無農薬無化学肥料で栽培をしていたり、フィッシャーアーキテクトさんの取材では、田んぼと琵琶湖が密接であるがゆえに漁業の方法も考えられてきたことを知った。

集落で畑を耕しながら暮らし、川で魚を取り、森で木を切って薪を作る。先人たちの暮らしは自然の営みそのもの。現代がいかに自然と暮らしが分断しているかがわかる。

すぐには暮らしを変えることができないかもしれないけど、自然と向き合っている農家さんや漁師さんと関わりながら、生活を少しずつ変えていきたい。