くさつFarmers' Market

取材記事

2023.01.19

蜂蜜のお酒「クラフトミード」が醸す味わい深さ。ミードに心酔して創業したANTELOPEの物語

ANTELOPE[野洲市]

今日の記事は、「ミード」というお酒がテーマです。ミードとは、蜂蜜と水を酵母菌で発酵させて作る醸造酒です。日本ではあまり広まっていないものの、ワインやビールより歴史が古く、14000年以上前からあるお酒だと言われています。

2020年3月に創業したANTELOPE株式会社は、国内初の「クラフトミードハウス」で、クラフトミード専門の醸造所を運営しています。蜂蜜だけでなく、フルーツやスパイスなど副原材料を使ったお酒になります。同社は代表福井駿さん、醸造責任者谷澤優気さんが務めます。

蜂蜜のお酒と聞くと「甘いお酒だろう」と感じる人もいるかもしれないですが、「甘い味からドライな味まで、幅広い味を表現できるのがクラフトミードの魅力」だと谷澤さんは言います。

今回は、醸造責任者を担当している谷澤さんに、なぜクラフトミードを作ろうと思ったのか、その経緯や魅力をたっぷりとお伺いしました。ぜひ、クラフトミードの世界に迷い込んでください!

蜂蜜を発酵させて作られるお酒って?

まず、谷澤さんにクラフトミードハウス(醸造所)を見せてもらいました。

(金曜・土曜日の13:00-19:00は醸造所をオープンしていて、直接購入できるようになっている)

まず、蜂蜜と水を混ぜて、発酵タンクに移動させて酵母も混ぜます

(タンク内の温度がわかるようになっている。温度で発酵が進むスピードをコントロールする)

フルーツやスパイスなどの副原材料は、発酵前か後に混ぜます。発酵前は、酵母による香りの変化を受けることができ、発酵後は副原材料本来のフレッシュな香りが引き立ちます。それぞれの副原材料によって、投入タイミングは調整しているそうです。

「主要な蜂蜜はもちろんですが、副原材料となるフルーツも大量に必要です。夏みかんを使った『A White Hat/ホワイトハット』は、330リットル作るのに、220キロの夏みかんを購入しました。でも、果汁にすると75キロしかとれないんですよ。約3倍も仕入れないといけなくて、軽バンをパンパンにして持ち帰りました(笑)」

谷澤さんによるとクラフトミードの魅力の一つは「副原材料の味が素直に表現しやすいこと」、もう一つは「糖分量での味の違いを作りやすいこと」だと言います。副原材料と糖分量で、どうやって味の違いを作っているのか商品を紹介してもらいました。

「蜂蜜のお酒と聞くと、『甘いんでしょ?』とよく言われますが、クラフトミードは甘いものからドライなものまで幅広く表現できるのが特徴です。

甘みが強いお酒は、『What Churchill Said / ジュニパーベリーとライムのスパークリングミード』で、ジントニックからインスパイアされて、ジュニパーベリーとライムを使っています。他にも、『Save the Girl / 桃のミード』もしっかり甘いですね。

比較的ドライなミードなのは、名古屋の飲食店とコラボした『Kinoshita』です。ピンクグレープフルーツと唐辛子を使用していて複雑な味を表現していますが、味は親しみやすくなってます。

一番ドライなミードは、『Apple in Shock / りんごのミード』と『Kiwi Blanc / キウイフルーツのミード』です。食事とも合わせやすいお酒になっていますよ」

(左から甘めの『Save the Girl / 桃のミード』と『What Churchill Said / ジュニパーベリーとライムのスパークリングミード』、右が『Apple in Shock / りんごのミード』と『Kiwi Blanc / キウイフルーツのミード』)

ビール作りから一転、ミードに心奪われた2人

国内初のクラフトミードハウスANTELOPEを創業した二人は、なぜクラフトミードに注目することになったのでしょうか。もともと谷澤さんはクラフトビールを研究していたそうです。

「最初は『お酒が好きだから』という単純な理由で、大手ビール会社の就職を志望していました。でも、全然準備をしてなかったので、全て落ちてしまって(笑)。仕方なく、大学院に進学して、好きなビールを対象に研究していました。当時から、ビール製造に関する海外の論文をブログにまとめたりしていましたね」

(今でもブログを更新している)

そこから、大学院時代に大きな交通事故にあってしまい、2年間休学することに。怪我から復帰した後は余った休学期間を使って、アメリカポートランドのブリュワリーを周ったり、帰国後は静岡の醸造所でビール作りの研修を受けたり、より実践的な学びを得ました。

そして、谷澤さんの人生を大きく動かすことになったのが、共同創業者の福井さんとミードとの出会いでした。

「駿さんとの出会いは、大阪のブリューパブでした。当時、駿さんはビール会社を作りたいと思っていて。ちょうど僕も『ビールを自分で作りたい!』と思っていたタイミングだったので、すぐに意気投合しました。

なので、最初はビールを作ろうと計画をしていたんです。でも、ヨーロッパや北米、アジアからセレクトされたブリュワリーが集まる『Mikkeller Beer Celebration Tokyo』で、世界でもトップを争うアメリカのミード「Superstition」を試飲したとき、二人とも強烈な衝撃を受けまして(笑)

ジャムみたいなドロドロとした食感で、フルーツの香りが口の中で爆発するんですよ。なのに、甘みと酸味がしっかりしている。ビールではこんな甘さは出せません。『こんな美味しいお酒があるんだ』と二人とも心酔して、急遽クラフトミード作りに転換しました」

そして、2020年3月にANTELOPE株式会社を設立。日本初のクラフトミードハウスへの挑戦が始まったのです。

 

なるべく顔が見える生産者さんのフルーツ・スパイスを使う

創業して、滋賀県野洲市の元パン工場をクラフトミードハウス(醸造所)にするため、設備も整えてきました。さらには、クラフトミードの実験を重ねて、より良いものに改良。そのなかで「もともとは科学で計算してコントロールできるものだと考えていましたが、今は180度考え方が変わりました」と谷澤さん自身の変化があったと言います。

「ビールは、科学を使っていかに効率的に良いものを作るかという世界です。なので、僕もそういう思考を持っていて、酵母さえも“生き物”ではなく“道具”として見ていたんですよね。

でも、創業初期に考えがガラリと変わったんです。当初夏みかんのミードを仕込む時にピューレを使ってみたんですが、糖度も設備も問題ないのに、なぜか発酵しなくて……。おかしいなと思って知り合いに相談したら『ピューレの皮に農薬がついてたからではない?』と指摘されました。

それから、2週間くらい見守っていたら、やっと発酵が始まったんですよ。農薬は害虫から果実を守るための殺虫効果があり、それを酵母が分解するのに時間がかかったのかなと。その次に、無加工の皮付きみかんを使ったら2日で発酵が始まりました」

その出来事を通して、酵母を“生き物”として捉え、さらには、青果市場に足を運んで旬の材料を吟味するようになったそうです。そして、現在は「顔が見える生産者」を大切にして、フルーツやスパイスを選んでいます。

「『Ginger Cat / 生姜のミード』は、高知県四万十市の農家に直談判して新生姜を仕入れました。今は、なるべく取れたてのものだったり、生産者の顔が見えるものを選んでいます。

以前は、効率的にやるべきだと思っていましたが、それでは楽しくないなと気づいたんです。農家さんに出会ったり、軽バンをパンパンにして仕入れたり、フルーツの皮を一つ一つむいたり。そういう過程が、楽しくてしょうがないですね(笑)」

さらには「いつかは蜂蜜作りにも挑戦したい」という谷澤さん。日本産の蜂蜜は希少で高額なため、今はミャンマー産の蜂蜜を使っています。さまざまな農家さんを訪れ、よりよいクラフトミードに向けて、谷澤さんの挑戦は続きます。

もっと来場者と密なコミュニケーションを

まだまだ寒い季節が続くなか、冬におすすめのクラフトミードを谷澤さんに聞いてみました。

「今年のクリスマスか、来年のバレンタインデーに販売しようと考えているものが二つあります。一つは、チョコレートを使ったミードです。ちょっと大人なプレゼントとしてバレンタインデーやホワイトデーに選んでほしいですね。もう一つは、冬が旬の苺のミードを作る予定です。ぜひ、販売したら試してもらいたいです」

今後、谷澤さんは何を目指して活動していくのでしょうか。月1回で出店しているくさつFarmers‘ Marketで、事業として、個人的な目標の三つを伺いました。

「くさつFarmers‘ Marketでは、来場者とのコミュニケーション時間をもっと取りたいですね。もっとクラフトミードについて知ってほしいですし、興味をもってもらいたいなと思っています。そのため、夏開催のナイトマーケットでは、立ち飲み屋っぽくしたいなとか考えています。

事業としては、副原材料をしっかり選定したいです。僕たちが自信を持って『使いたい!』と言えるものを使う姿勢を貫きたいですね。

個人としては、クラフトミードトップの国アメリカで勉強したいです。樽がいっぱいになったら、なんとか時間をとることはできるので。クラフトミードの最前線を、ぜひみてみたいですね」

執筆後記

一説によると、ひっくり返っていた蜂の巣に溜まっていた雨水を、喉が渇いた狩人が飲んだことが、ミードの始まりと言われている。ANTELOPEの創業は、ビールを作ろうとしていた二人が意気投合して、二人ともミードに心酔したことがきっかけだった。

ミードの始まりと同様、運命に導かれたようにANTELOPEができたようだなと取材中に感じた。そして、これからはさまざまな農家さんとの出会いを通じて、ANTELOPEでしか作れないクラフトミードを提供していく。出会いは一期一会、だけど、「よりよいクラフトミードへ」という想いは必然的によき出会いへと導いてくれるだろう。

農家さんからANTELOPE、ANTELOPEから来場者へ。くさつFarmers‘ Marketが出会いの場になるよう一つ一つの運命を必然へと紡いでいく。