くさつFarmers' Market

取材記事

2023.06.10

資源循環を追求することで無駄がない牧場経営を目指す。復活した野田牧場の歩み

野田牧場[日野町]

「この子は、9月に生まれたばかりで、白い毛の面積が大きいのが特徴ですね。あそこにいるお母さんとよく似てるでしょう?」

滋賀県の日野町にある「野田牧場」には、約40頭ほどの牛がいます。運営している野田剛さんとスタッフさんたちは、牛の小さな変化を見過ごさず、まるで家族と同じように大切に育てています。

2018年に、父親が運営していた牧場を再開した野田さんは、幼い頃から牛に囲まれて育ちました。そこから、大学時代は酪農のバイトに奔走。農林水産省で働いた後、明治乳業に就職して、牛の腸内環境を乳酸菌で整える商品の営業を担当。営業のために、北海道の酪農家を訪れつつ、牛の飼育相談にものっていました。

人間同様に、牛も健康であればあるほど、乳量が多かったり、乳質が良いものになります。野田牧場の乳質・乳量の総合指数は滋賀県で2位(2022年において)を獲得しており、「美味しい牛乳を目指し続けたい」と語ります。

野田牧場の乳質・乳量はなぜ高いのでしょうか?そこに隠された工夫や、牛に対する想いを語っていただきました。

ミネラルが豊富な水、広大な田畑、自然に囲まれた野田牧場

野田牧場があるのは、滋賀県東部に位置する日野町です。ミネラルが豊富な水が鈴鹿山脈から流れていたり、周りは田畑や山に囲まれていたり、豊かな自然が特徴です。

「ここは生き物を育てるには良い場所です。夏場は涼しくて過ごしやすいですし、ミネラルが多い水は牛も喜びます。田畑もありますので、牧草を育てるのにも活用できます」

現在、野田牧場では約40頭を飼育しています。また、育てるだけでなく、お産も手がけており、子牛も数頭います。

「人間と同様に、お産には母牛と子牛ともにリスクが高いです。子宮から取り出せなかったら、子牛は亡くなってしまうし、母牛が体勢を変えるのに失敗すると立てなくなります。なので、お産が近くなると牧場に泊まり、いつでも出産できるよう準備します。その甲斐あって、野田牧場ではお産に失敗したことがないんですよ」

野田牧場では、生乳を牛乳にするための設備がないため、直売はしておらず、牛乳工場に運ばれます。その代わりに、プリンやミルクジャムなど牛乳を使った加工品を販売しています。

酪農という業界が好き。空っぽの牛舎を見て牧場の再開を決意

元々父がこの地で牧場を運営しており、幼少期から牛といるのが当たり前で、三兄弟のなかでも一番牛が好きだった野田さん。地元を離れてからも、さまざまな形で牛と関わり続けました。

「大学では、酪農のバイトをしていました。朝の4時30分くらいに牧場で作業を始め、8時から授業にいく。授業が終わって夕方から再度牧場に行くという生活でした。そこで、初めて牛のお産にも立ち会いましたね」

大学卒業後は、酪農という業界を上流から変えたいと思い、農林水産省に就職。しかし、担当する分野が競走馬で、志の実現が難しいと感じるようになり、明治乳業に転職をしました。「明治乳業での仕事は、北海道の酪農さんと繋がれてとても楽しい経験でした」と言います。

「明治乳業では、乳酸菌について多く学びました。もともと大学では微生物を研究していたこともあり、楽しく学べました。また、牛の腸内環境を乳酸菌で整えようというプロジェクトがありまして。その商品の啓発をするために、北海道の酪農家に営業をしていました。

営業をきっかけに『牛の飼い方はどうだろうか?』『今の仕事の能率どうだろうか?』と相談を受けることも多くなり、牛のコンサルタントみたいなこともしていましたね。それが面白くて、酪農家のお兄ちゃんと銭湯に行く仲になったり、おばさんがおかずをくれたり。とても楽しかったです」

順調に働くなかで、野田さんの人生に災難が降り注ぎました。自動車の運転中に追突事故にあい、脊髄損傷するという大きな怪我を負ってしまったのです。さらには、労災で仕事を休んでいる時期に、父親が倒れてしまい牧場の運営ができなくなったそうです。

「父も倒れて、私も怪我で動けなかったので、仕方なく牧場を畳むことになりました。怪我が治って、牛がいなくなった牛舎を訪れると、本当に静かで……。子どもの頃からここには牛がいることが当たり前でしたので、一気に虚しさが胸に広がりました。

さまざまな葛藤はあったのですが、やはりここを牛がいる場所にしたいという気持ちが強くて。今まで、たくさんの酪農家から学んできたことを、今度は自分が活かすときだと感じました」

資源を循環させながら、牛を愛す

空っぽになってしまった牛舎から、スタートを切るのには大変な苦労があったそうです。当時のやり方は「昭和時代のような牧場のやり方でしたね」と野田さんは振り返ります。

「最初は、設備に投資するお金がなかったため、手作業の部分が多かったです。まず、牛の乳に機械を装着して、30リットルのステンレスの生乳をバケツに入れる。それを私一人で運ぶ…という作業を繰り返していました。振り返るととても大変でしたね(笑)」

牧場経営には多額の資金がかかります。今では、牛の乳に機械を装着すると、自動的に巨大なタンクに生乳が運ばれるように設備を整えたため、少しは楽になったと言います。しかし、牛が増えれば、牛舎も増築しなければならないですし、牛乳を直接販売しようと思うと、加熱殺菌する機械や牛乳容器に充填する機械などが必要です。

多額の設備投資がかかるゆえに、酪農家はより多くの牛を育てて、元を取ろうとする傾向があるそうです。しかし、「野田牧場は育てる牛を40〜50頭に決めている」と野田さんは言います。

「手間ひまかけられる数が、40〜50頭くらいだと考えています。しっかりと牛を洗ってあげたり、毛をバリカンで剃ってあげたり、衛生的によい状態を保つと病気にもかかりにくく、元気になりやすいです。良い生乳をとるためには、まずは牛が健康的に育たないといけないですから」

(スタッフの別所さん。衛生的によい状態を保つために綺麗にブラッシングすることも欠かせない)

丁寧な飼育の結果もあり、野田牧場の乳質・乳量の総合指数は滋賀県で2位(2022年)です。一頭あたりの乳量は滋賀県で1位を獲得しています。

しかし、一頭あたりにかける手間や時間が大きいと、利益を上げるのが難しくなってきます。スーパーなどで売られる牛乳は1リットルあたりの値段が全国で決まっていたり(2022年11月から牛乳類の出荷価格を2.8~10.2%引き上げられた)、さらには、為替の影響で、輸入している飼料が高騰してたり、酪農家は厳しい状況におかれているそうです。

そこで、野田さんは使える資源を最大限に活用することを意識しています。

「まずは、牛舎の近くにある田畑で牧草を育てて、購入する飼料をなるべく減らすよう工夫しています。牧草を育てるのにも肥料が必要なので、近くに生えている竹を粉砕して肥料の代わりにしています。

さらには、牛のフンから堆肥も作っています。堆肥ができると、田畑にも活用できますし、近くの農家に販売することもできますから」

(竹を粉砕したもの)

(ここでフンを発酵させて堆肥にしている)

それでも、田畑で育てた牧草だけでは足りず、高騰した飼料を買う必要があり、まだまだ厳しい状況だそう。それも踏まえて「厳しい状況だからこそ、身の回りにある資源を活用できるか、無駄がないかを模索していきたい」と語りました。

野田牧場のオリジナル商品を増やしていく

為替の影響で厳しい状況のなかでも、資源を無駄にせず、牛への愛を注いでいる野田さん。今後は、どんなことに挑戦していきたいのでしょうか。

「一つは、野田牧場の牛乳を使ったオリジナル商品を販売していきたいです。知人のパティシエとコラボして焼き菓子を作ろうと話していたり、来年5月にはソフトクリームを販売できたらと考えています。

もう一つは、いつか牛乳を直接販売したいですね。生乳から牛乳にするためには、多額の設備投資がかかりますが…。いつか、野田牧場というブランドを表した牛乳が販売できると嬉しいです」

執筆後記

「この子はちょっとおてんばでね」「またいたずらしてるよ〜」と言いながら、野田牧場のスタッフさんが牛と触れ合うのを見ていると、愛を感じた。

「野田さんに限らず、スタッフの人たちも大きな愛情を牛に注げるのはなぜでしょうか?」と疑問を投げかけてみたところ、「うちのスタッフは子育てを経験した人が多いですからね。出産の辛さも身に染みますし、そういうところから愛情が芽生えやすいのではないでしょうか」と答えていただいた。

人も牛も同じ生き物。だけど、数が多くなってしまっては、大事に思える範囲が狭くなってしまう。大量生産大量消費が当たり前になってしまってる現代だからこそ、重要なことを教えてもらった気がします。