くさつFarmers' Market

取材記事

2023.08.11

スープを中心にみなが集まり、温まる。日々に彩りを添えようと挑戦する「スープのある日常」の活動

スープのある日常[湖南市]

子どもの頃、風邪で食欲がないときに、母親はよくスープを作ってくれた。野菜が小さくカットされて温かいそれを口に入れると、少し元気になった気がした。ぽかぽかと熱を帯びた体は、風邪の痛みを和らげてくれるようだった。

子どもからお年寄りまで、食べやすくて、愛されているスープ。そんなスープを軸に活動をしているのが「スープのある日常」の大野健太さんです。地域の方々とDIYしたキッチンカーで、季節ごとに三種類のスープと二種類のおにぎりを販売。くさつFarmers’ Marketの出店では、多くの家族連れがスープのある日常に並んで購入しています。

今年3月は「塩麹と蓮根のサムゲタン」や「金時人参とクミンのポタージュ」などを提供。「なんとなくスープのイメージはできるけど、どんな味なんだろう」と興味をそそられるのがスープのある日常の特徴です。

今回の記事では、どのようにスープのレシピを考えているのか、また、なぜスープを軸に活動をしようと思ったのか、活動に込められた想いを伺いました。

「なんだか新しい」を考えるスープ作り

地域の方とともにDIYしたキッチンカーで、マルシェやイベントでスープを届ける大野さん。とある日の、くさつFarmers’ Marketの出店の様子を見ていきましょう。

メニューは季節や気温によって変わるため、足を運ぶ度に、「今日はどんなスープだろうか」と楽しみにしている来場者も多いです。この日は、6月末で気温も高く、冷製スープを販売していました。

「マルシェやイベントによってメニューを変えていますね。例えば、家族連れとか子どもが多いイベントだったら、子どもが飲みやすいように辛いスープはやめておこうとか考えてるかな」

くさつFarmers’ Marketへの出店では、珍しい食材や商品名にも興味を持つ来場者が多いです。一般的にスーパーで販売されないような食材を入れてメニューを考えると言います。珍しいのは食材だけでなく、組み合わせも。「これとこれ組み合わせたらなんかすごい新しくなる」を追求してメニューを考えているそうです。

「普通にミネストローネとして出すんじゃなくて、『ロールレタス入ってるのってなかなかないよね』とか、「〇〇と△△のスープ」みたいなメニューの書き方を意識しています。材料の名前を1つ入れることで新しさを感じてもらえるなと。名前の付け方からすごい気にしてメニューを作っています」

また、食材はくさつFarmers’ Marketの出店者さんから仕入れることもあるとのこと。

「食材を選ぶときは、誰が育てているかを重視していますね。たまに、収穫のお手伝いをすることもあります。くさつFarmers’ Marketの出店者さんは、『この人たちから買いたい』という想いが強いですね」

作りたい料理をもとに食材を選ぶのではなく、出会った人たちの野菜や魚からスープを考えることをモットーにしている大野さん。この日並んでいたヴィシソワーズには、くさつFarmers’ Marketの出店者さんのジャガイモと玉ねぎが使用されていました。

「子どもとの時間を大切にしたい」そんな想いが背中を押した

スープのある日常を始める前は、大阪で焼肉屋に務めていたという大野さん。大学時代にフィリピンへボランティアをしたことをきっかけに、旅が好きになった一方で、社会人になったら12時に出社して、深夜12時に帰宅の毎日。さらには、週一回しか休みが取れず、職場以外の人たちとは付き合いがなくなっていき、人との関係も希薄になっていたそうです。「いつも暗い顔をしていたらしくて、パートナーにもすごく心配をかけました」と、当時を振り返ります。

そんな状況を変えようと動き出したきっかけは、子どもの存在でした。

「子どもが生まれるとわかって、このままではダメだなと思いました。当時の生活のままだと、子どもの顔と接する時間がなく1日が終わってしまう。やっぱり家族や自分の時間を大切にするような生活を送りたいなと思ったんです。また、『社会人になったらそういうことを我慢するのが当たり前だ』なんて、自分の子どもに言いたくないなと(笑)」

子どものために変わろうと思っても、同じような生活リズムを送ってしまう仕事だと意味がない。どんなことをしようか。そう考えたときに、「人と繋がれる『たまり場』がほしい」という自分の気持ちをかなえるものを作りたいと思ったそうです。

「焼肉屋で働いてたときに、土日休みではなかったのもあり、人と関わることが少なく。イベントではなくていいから、近くで地域の人たちと出会えたり、話したりできる『たまり場』があったらいいなと思ったんです。それがスープのある日常の原点と言えるかもしれません」

そして、パートナーの実家である湖南市に移住。2020年、月々16万円ほどの報酬を3年間もらいながら起業準備ができる地域おこし協力隊に応募しました。住む家もあり、一定の報酬も保障されていることも、一歩を踏み出す勇気になったそうです。

大野さんがスープを軸に活動をしようと決めたのは、地域おこし協力隊に応募をする際に事業計画書を練っているときでした。

「『たまり場を作りたい』という思いはあっても、当時はコロナ禍真っ只中で、場を持つのはリスキーでした。だったら、キッチンカーでいろんな場所を巡って、そこで場を作ったら面白いことになりそうだなと思ったんです。

そんなことを考えていたら、Soup Stock Tokyoというお店があることを知って。恥ずかしいことに、それまでSoup Stock Tokyoを知らなかったんですよ。代表の遠山正道さんの本を読む中で『スープは売り物ではなく、共感をうむもの』と書かれていて、考え方がいいなと。僕が向いている方向と近しさも感じて、スープを選びました」

思いがけない出会いがきっかけで、スープを選択した大野さん。「あのときスープを選んでよかった」と言います。

「スープは飲み物でもあるので、喋りながら交流できるという良さがあり場との相性がいいこともわかりました。他にも、農家さんや漁師さんからもらった野菜や魚など、なんでもスープにすることができる。なので、僕自身もスープを通して交流が広がっています」

ポジティブに日常的に“イレギュラー”を起こす

スープのある日常では、「ポジティブなイレギュラーを起こす」をコンセプトに掲げています。このコンセプトに込められた想いとはどういったものなのでしょうか。

「『たまり場』を作りたいと思っても、具体的にどういう場が理想なのかを考えた時に、大学時代の旅を思い出しました。海外でゲストハウスに泊まった時に、知らない人と友達になったり、旅先のオススメのレストランを教えてもらったり、そんな『偶然の出会い』が起こる場がいいなと。

そのためには、スープをただ渡すだけでは不十分だなと思いました。ちょっと面白い情報が知れたり、くさつFarmers’ Marketに来るのが楽しみになったりしてほしいなと思っていて。まさに会社員時代の僕のような人たちに、ちょっとでもポジティブなことが起こってほしいなと考えて、このコンセプトにしました」

大野さんはくさつFarmers’ Marketのようなマルシェやイベントへの出店以外にも、芋煮会やうどん作りなど自らイベントを開催しています。

「芋煮会やうどん作りも、人との繋がりを大切にするために開催をしています。うどんや芋煮を作るには、1〜2時間くらいかかり、隣の人たちと自然とコミュニケーションができます。これだけ時間を共にしたら、『スープを提供する人』と『お客さん』という垣根を超えた関係になれるなと。

場に来る人たちだけにイレギュラーを起こすのではなく、このようなイベントを開催することで自分自身にもイレギュラーを発生させるような工夫をしていきたいですね」

(芋煮会の様子 写真提供;スープのある日常さん)

大野さんが作る「たまり場」は、家庭や職場などとは違う、居心地がよくリラックスできる「サードプレイス」のような役割もあると言います。

「家庭や職場だと、お母さんやお父さん、部長や課長などそれぞれの役割にそって行動をしないといけない部分があります。そうではなく、何者かにとらわれず、利害関係も発生しない場で、自分らしく、気兼ねなくいれるような場にしたいなと思っています。

好きなものを好きと言えたり、自分のことを伝えられたり、そういう時間は人生のなかでも大切だなと感じています」

まだまだ挑戦の途中。もっと大きなものを描いていく

スープのある日常は、2023年6月で活動4年目を迎えます。「ポジティブなイレギュラーを起こす」というコンセプトを掲げ、活動をしてきたものの、まだまだゴールは描き切れていないと言います。

「まだまだ何を成し遂げたいかは模索中ですね。それを知るためにも、イベントを開催してみたり、遠方のマルシェに出店してみたり、冒険をしている最中です。

そんな中でも、湖南市を拠点に生きていこうというのは決めているので、まずは地元の人たちから楽しんで過ごしてもらえるよう面白いこと仕掛けていきたいなと思います」

スープのある日常からどんな場が生まれ、どんな交流が見られるか、楽しみです。

執筆後記

ライターという仕事をしていると、取材よりもパソコンに向かっている時間のほうが圧倒的に長いです。1日外にも出ず、カチカチと書いていたら、日が暮れていた……なんてことはよくあること。そんな日が3〜4日続くと、さすがに滅入ってきて知り合いのカフェに向かいます。

ライターとしてではない、ただの一人の人間として接してくれる店主さんと話すのは、私にとって大切な時間。働き始めてから、どんな自分でも応援をしてくれたり、話を聞いてくれたりする存在はかけがえないなと感じるようになりました。

一方で、家と会社の往復で疲弊している友人も多くいます。会社に尽くす中で、じわじわと心がすり減って、「こんな生活を送りたかったんだっけ」と悩んでいる人も。

そんな人たちに少しでも自分らしくいられる「たまり場」があったらいいなと思うのです。スープのある日常の活動がじわじわと広がり、いつか私の友人にもそれが届く日がくるといいなと取材を通して感じました。