2019.12.01
単なるチョコレート屋さんではない。いくつもの顔を持つ「だもん亭チョコレート」
だもん亭チョコレート[近江八幡市]
(2019年12月訪問)
今回訪ねたのは、滋賀県近江八幡市にある”だもん亭チョコレート”。
アフリカや南米の良質なオーガニックカカオ豆を仕入れ、自分の手で焙煎・粉砕・調合・精製・成形してつくられる、だもん亭チョコレートのクラフトチョコレートは、ファーマーズマーケットでも大人気だ。
和と洋の交わり
この日は、かの有名なヴォ―リズ設計で建てられたお店(2022年5月時点_移転済み)でお話を聞かせていただいた。和のテイストを基調としながら、やわらかな光を取り込む大きな窓や白く塗られた外壁、洋の風が吹き込まれた空間。
ウイリアム・メレル・ヴォーリズ [1880~1964]
建材やオルガンの輸入、メンソレータム(現メンターム)の販売などを行った「近江セールズ」の創立。私立としては日本初の結核療養所であり、疎外されていた結核患者を救い続けた「近江療養院」(現ヴォーリズ記念病院)の開設。小さな保育施設から始まり、幼稚園から高等学校にまで及ぶ教育活動。ほかにも図書館の運営、出版など多くの文化事業を行い、建築においては住宅から学校、教会、デパートメントやホテル、オフィスまで幅広く手がけ、その数は戦前だけで1500件を数えた。
建築活動は彼の伝道を支える経済基盤として始まったがその作風は、人を驚かせるかのような建築家の自己主張をよしとせず、建築依頼者の求めに相応しい様式を選択し、その応用と近代的な改善を施すことに努め、住み心地の良い、健康を護るに良い、能率的建物を目指した。
いくつもの顔
普段はこの場所で、カリフォルニア料理をふるまわれているダレン・ダモンテさん。「近くで採れる新鮮な食材をふんだんに使い、表庭のハーブ、市内の畑で採れた野菜、伊勢直送の魚などをお客様の予約に合わせて調達。そして、無添加でシンプルに調理して提供する。天然酵母パン、生パスタ、デザートも全て自家製の手作り。…」と、もはや一人でしているとは思えないほどの手のかけかた。そんな彼は、カリフォルニア州サンフランシスコ出身。さらに陶芸家としての顔も持つ。(マーケット内で出会われた方の中でもすでに、単なるチョコレート屋さんではないことに気づかれたかもしれない。)
陶器がつなぐもの
もともとダモンテさんが中学生の頃に興味を持った陶芸の世界。日本に来た理由の1つにも陶芸があった。19歳で来日し、三重県伊賀市の陶芸家に弟子入り。2年間の修業期間を経て陶芸家としての暮らしを始めた。
陶器はその土地にある土から生まれる。そこには、単なる道具としてだけではなく文化的要素も多くつめ込まれている。鉄など金属の多くは時間とともに腐り浸食され風化してしまうが、焼きものは丈夫であり、少なくとも破片は残存していることが多い。考古学の世界では、それらを他の証拠と組み合わせることで、当時の社会の構成、経済状況、宗教を推測している。使用人の日常生活、社会的関係、自分達自身の世界に対する姿勢、さらには宇宙の理解までも結びつけられるという。
裸の器たち
「器は料理の着物。」
伝説の美食家で、美味しんぼの海原雄山のモデルとしても知られる北大路魯山人の言葉。(芸術に長けていた彼は有名な陶芸家でもあった。)
意味としては、高級フレンチを紙皿で出されても美味しそうに見えないように、器によって、料理の表情や味わいまでも変えてしまうことがあるということ。
魯山人の言葉を再び拝借すると「料理と食器とは相離れることのできない、いわば夫婦のごとき密接な関係」がある。これはダモンテさんの例え。
たしかに。器も料理のパーツの1つと考えると、どういう器を合わせるかが、たべる人を愉しませることにつながる。(ちなみにダモンテさんの陶芸の師匠の師匠は魯山人の窯の再興に携わった方らしい。)
かつては自分の陶芸作品を知ってもらうため、一年に10回以上個展を開いていた時期があったダモンテさん。しかしそこには、本来の役割を果たしてない、いわば”裸”の状態で器が並べられていた。大衆にうけるのは派手なもの、色味のついたもの。
全体の60%の料理と40%の器を合わせて一つの味わいになるようなイメージで焼き上げたダモンテさんの作品は、他の作品と並べられると地味に映り、横で売れていく他人の作品を羨んだりもした。
愉しませるために
どうしたら伝わるのか。個展では届けられなかった想いも、自分で料理を添え、焼いた器で食事してもらう機会があれば届くのではないか。お寺などの会場を借り、自ら各地でイベントを開くようになった。その名も「だもん亭」。名前にちなんだ洒落を利かせたところがダモンテさんらしい。
お土産で陶器を持って帰ってもらったり、多い時には参加者50人×5品分の器と食事を用意したりもした。食事中に気に入ったものがあればその場で買ってもらう。もちろん採算は合わないことの方が多かった。一回のイベントで50個売れても200個余ったり。毎回準備も片付けも大変。持ち帰る陶器はただでさえ重いがいつもよりもずっと重く感じられたと思う。
こういうサラダにこのお皿。こんな料理にこの器。合わせるものをイメージして焼き、実際に料理とともにふるまいながらお客さんを愉しませるならいつかレストランをやりたいなぁ。そう心のどこかで思うようになっていった。
災い転じて福となす
ちょうどそんなことを考えていたタイミングで、窯のあった工房兼自宅が全焼してしまった。 着ていた服と愛する人たち以外を全て失い、茫然自失の日々に。
しかし、その時ヴォーリズ設計の現在のお店の場所がふと頭によぎった。もともと何度か仕事で近くを通ることがあり惹かれていたのだが、知らない日本人がそこでレストランをやっていた。
「かつてのヴォーリーズのようにアメリカから日本に渡ってきて。おもてなしをして誰かを喜ばせる。それをやってるのがなんでアメリカ人の自分じゃないねん。」
そう何度も思っていた場所だった。
それまでは陶芸家の宿命と言うべきか、身の回りは重いものばかりの生活。窯、土、レンガ、薪、作品。それがきれいさっぱりなくなってしまったことが転機だったのかもしれない。何気なしにお店の場所を見に来ると、奇遇なことに空きが出ていた。すぐにここでレストランを始めることを決めた。 アメリカと日本、ヴォーリーズと魯山人、陶芸家と料理人、いろんなものがミックスされ、愛と笑いの交差点”bistro だもん亭”がついにオープンした。
美味しさと向き合う中で
オープン当初はまわりに無農薬の野菜を育てる農家さんはほとんどいなかった。それでもできるだけ無農薬のものを探し選んでいた。理由は単純に美味しかったから。もう1つ、置いておいた野菜の変化に気になることがあった。それは無農薬の野菜は、時間とともにしおれ枯れるように傷んでいったが、農薬を必要以上に使用した野菜は芯から溶けるように腐っていったことだ。
愉しんでもらうため、美味しいと喜んでもらうため、安心して食べてもらうため。結果としてたどり着いたのがオーガニックの野菜とシンプルな調理だった。
そうした考えはクラフトチョコレートにも影響している。チョコレートに必要なカカオ豆は、オーガニックのもの。安心安全の根本は、認証そのものではなくて人と人との信頼関係があるから成り立つ。
便利さと引換に
オーガニックとの結びつきは果たして美味しさだけだろうか。
ダモンテさんが生まれた1960年代に遡る。日本は高度経済成長の最盛期、経済大国のアメリカも大きく産業が発展していった時代だった。モノは便利に、そして安く。しかし一方で、猛スピードで汚染されていく環境への問題も取り沙汰された時代でもあった。
当時、生物学者であったレイチェル・カーソンが、農薬をはじめとする化学物質の危険性を”鳥が鳴かなくなった春”という出来事を通し訴えた著書『Silent Spring』(日本版:『沈黙の春』)が出版されたのも1962年。ダモンテさん自身、それほど環境問題に関心ある家庭出身ではなかったものの、育っていく中で便利さとは引き換えに多くを失っているということに違和感や危機感を覚えた。同年代の若者が声を上げ行動をはじめていく中で、そのひとりに加わることは自然な流れだった。
「若い時はヒッピーの時代。むかしはこんなんじゃなくもっとヒッピーやってん。その時から地球を大事にしないとやばい事なるよ。って。あのころ言ってたことまだみんな聞いてないけど…」
ここ何年か、頻発する大型台風や集中豪雨による被害。自然との関わりかたのツケがブーメランのように帰ってきているのではないだろうか。オーガニックを身近な選択肢の一つに。真剣に向き合う時期に差し掛かっているのではないか。と筆者も思う。
最後に
頑固おやじ感漂う風貌とは打って変わって、洒落た笑いを含ませる軽快な関西弁と茶目っ気溢れる人柄。クラフトチョコレートをつくる人という側面しか知らなかった僕だったが、聞けば聞くほどに面白く、すっかり魅了されてしまった。今回の訪問はそんなダモンテさんのほんの一部を切り取っただけに過ぎないけれど、情報量の多さにまとめるのも大変だった。笑
まだまだたくさんの引き出しが隠されていると思うので、続きはファーマーズマーケットもしくは”damontei”で!
<番外編:クラフトチョコレートができるまで>
今回は特別にクラフトチョコレートの工程を一部見させてもらった。(焙煎から風選まで)
チョコレートってこうやってできるんだ。
- カカオの実から豆を取り出す
- 取り出した豆を発酵・乾燥させる
- 異物を取り除く
- 焙煎
- 粉砕
- 風選(殻とニブに分ける)
- 摩砕(ペーストにする)
- コンチング(練り上げ)
- テンパリング(調温)
- 成型・完成
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