2024.07.10
私の“好き”を表現し、人の原動力にしていきたい。Hiroki_Potteryが信楽焼をつくる理由
Hiroki_Pottery[甲賀市]
草津市から車で南東方向に山を越えて進んでいくと、車窓からは商売繁盛の縁起物であるたぬきの置物があちらこちらに見えてきます。たどり着いたのは、陶器の信楽焼で有名な滋賀県甲賀市信楽町。このまちには、くさつFarmers’ Market(以下、KFM) 初となる陶芸作家の出店者”Hiroki_Pottery”中尾浩揮さんの拠点である、しがらきシェアスタジオがあります。
中尾さんは、皿やコップ、一輪挿しを中心に陶作。なかでも、ぷっくりとした形が特徴的なコップのぷっくりマグは、KFMでも訪れる人たちが手にとってじっくりと眺める姿をしばしば見かけます。今回の出店者訪問では、中尾さんがどのように陶芸と出会い、どのような想いで陶作に取り組んでいるかを伺いました。
KFM初の陶芸家 Hiroki_Pottery
日本の陶磁器は縄文時代から始まったとされており、現代まで生産が続く代表的な6つの産地は「日本六古窯(にほんろっこよう)」と呼ばれ、信楽もその一つです。耐火性に優れた信楽の土は、たぬきの置物など、大物を作成するのに適している他、緋色や赤褐色など渋めの色になることも特徴です。
陶磁器の色は土の性質だけでなく、釉薬(ゆうやく)という、成形し素焼きした土の上に掛ける材料によっても変化が生じます。粉末状の、岩石や灰、酸化金属を調合し、水で溶かして土の上に掛けて焼くことで化学反応が起こり、表面がガラス質になります。陶磁器に水や汚れが付着するのを防ぐ役割があります。
陶芸作家は、成形から窯出しまでのさまざまな工程のなかで個性を出しています。中尾さんの作品の特徴の一つとしては、自分好みの釉薬を調合し、独自の風合いを出して創り上げています。
「焼き方によっても、色がどのように出るかが違って。もう少し茶色にしたいなと思ったら鉄を含んだ岩石を入れて、釉薬で調整するようにしています。
実は、釉薬を作るのが一番好きなのですが、釉薬を調合するのは嫌いでして……。陶作工程のなかでも釉薬の調合や釉薬掛けは手間がかかる作業でして、面倒なんですよ(笑)。でも、焼いて、色が出ると嬉しいので、面倒くさいと言いつつどうしようかと試行錯誤するのが面白いんでしょうね。」
中尾さんの作品の中には「ぷっくりマグ」という、文字通りぷっくりと丸みを帯びた可愛らしいフォルムのマグカップがあります。このぷっくりとした形の作品をつくり始めたきっかけについてもお聞きしました。
「ぷっくりとした特徴は、民藝から影響を受けています。大正時代に島根県松江市で開窯した湯町窯にも、私の作品と似たような器がありますよ。いろんな民藝を見つつ、知らず知らずに「いいな」と思った部分を自分の作品に取り入れているんだと思います。」
信楽焼と出会い、離れ、戻ってくる
中尾さんが信楽焼に出会ったのは、高校生の時。勉強に飽き飽きしていた中尾さんに、「ちょっと変わった高校があるよ」と父親の勧めで入学したのが滋賀県立信楽高等学校でした。同高校では、「セラミック科」「デザイン科」「普通科」の3つの系列から選択できるのが特徴で、中尾さんはデザイン科に進み、部活で陶芸に励んだそうです。
「学校には穴窯はもちろん、でっかい電気釜もありましたし。当時は、大きなオブジェクトを作るのが好きでした。部活の中には、同じような器やコップを作り続けている先輩がいて、当時は『なんて孤独な作業なんだ』って思ってしまっていました。」
当時、部活での活動は楽しかったものの、陶芸を仕事にはしないと考えていた中尾さんは、大学に進学し、文学の道に進みました。しかし、思うように作品が作れずに挫折した中尾さんは、演劇にも挑戦しますが、最後には、高校時代から好きだった陶芸に戻って来ました。
そして2015年からは、本格的に信楽焼を修行すべく、器づくりと陶芸体験を提供する小川顕三陶房で3年間を過ごしました。小川顕三陶房では陶芸に対して抱いていたイメージが変化したと言います。
「器作りは高校時代の先輩の印象が強くて、寂しい仕事だと思っていました。でも、自然豊かで、のどかな場所にある小川顕三陶房の器に触れていると、とてもおおらかな気持ちになっていくんです。こういう料理を盛り付けると映えそうだなと感じたり、食器ってなんだかいいなと思って気持ちも変わっていきました。」
自分の好きを表現して、喜びを生み出す
小川顕三陶房さんで器に魅力を感じた後、6年間の修行を経て、2021年に独立。現在は、ギャラリーや陶器市、百貨店などに出展をして、多くの人たちが中尾さんの作品を手にとっています。しかし、修行前は「独立なんて考えていなかった」と言います。
「そもそも独立するということがこわかったです。どんな作品を作りたいかのアイデアは少なかったですし、自分には創造力もないと思っていて、とにかく当時は自信がなかったです。
でも、沢山のことを修行中に教えてもらって、考えが変わりました。例えば、水と薬の重さの違いで、同じ釉薬でも肌触りが違ったり、化粧を重ねると色が変わったり。トーンの重ね方や焼き方で色も変わって、さらに、料理を乗せると印象がガラリと変わる。そんな部分に面白さを感じるようになりました。一応、自分でも作品が作れましたし、今では独立してよかったなと感じます。」
「紆余曲折しながらも、一度きりの人生なのでやりたいことをやりたい」と語る中尾さん。今は、どのような想いを抱きながら、制作と向き合っているのでしょうか。
「私は、人が動く原動力が喜びとかであってほしいと思っています。釉薬の調合が面倒くさいとか言いつつ、結局は陶芸が好きで、自分が好きなことを陶芸で表現しているような気がします。
最近、女子高生がバンドをする『ぼっちざろっく』というアニメを見まして。主人公はコミュ症なのに、承認欲求が高いんですよ。それを見て、『私も承認欲求が高くて、ちやほやされたいから陶芸やっているんだ!』って気づきまして(笑)。自分が好きなことをとことんしつつ、『この作品いいね!』『料理に合いそう』と他の人の喜びに繋がっていってほしいなと思います。」
奥行きのある器をつくる
最後に、今後挑戦したいことを中尾さんに語ってもらいました。
「今、意識していることはズバリ「立体感」です。
これまでは釉薬の色味に拘っていたのですが、これからは『遠近感』といった別の視点も強化して奥行きのある器を作っていきたいなと思っています。
活動としては百貨店での出店など、活動範囲を広げている最中です。やりたいなと構想しているのは、KFMの出店者の人とたちとコラボイベントとかしてみたいですね。どんなものが生まれるのか、面白そうです。」
執筆後記
自分が熱中できることや好きなことに出会える機会はものすごく貴重なのかもしれない。好きなことを突き詰めていくことで、真の自分がしたいことに出会えた経験が私にはある。
中尾さんにとって、高校時代から始めた陶芸は回り回ってたどり着いた「好きな物」であり、今では職業となった。面倒だと言いながらも、釉薬の調合は好きだからこそ続けられると話す中尾さんの目はキラキラと輝いていた。自身の想いや好きを表現し、陶芸という形で喜びを届ける中尾さんの活動に、今後も注目したい。
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