2021.10.09
子どもからお年寄りまで。「朽木まるきゅう」は誰もが手にとりやすい黒米大福を追求する
朽木まるきゅう[高島市朽木]
滋賀県西部に位置する高島市朽木。琵琶湖へとも繋がる安曇川に沿って、国道367号線を上っていくと、朽木へとたどり着きます。取材に訪れた9月下旬は、運動会日和な天気でしたが、朽木に降りた瞬間に秋の冷たさもほんのり感じました。
周りは荘厳な山に囲まれ、水が流れる音が聞こえる。そして、秋の風の上を軽やかに踊るかのように、稲穂がなびいていました。
自然豊かだと言われる朽木ですが、一方で自然の厳しさもあります。収穫の秋にはシカやサルが田畑を荒らすこともあり、冬には、約1m以上もの雪が積もる。夏は台風で川が増水し、田んぼが水没してしまうこともあるそうです。
「だからこそ、農業をやるんです。だって、収穫や売れることが約束されている場所なんて、面白くないじゃないですか」
そう語るのは、朽木で無農薬米を育てている「朽木まるきゅう」の横井真一さん。主に、黒米・もち米・米を育て、大福やおはぎ、鶏ごぼう飯などを作って販売しています。特に、黒米大福は朽木まるきゅうの看板メニューで、子どもからお年寄りまで大人気の商品です。
今回の出店者訪問では、なぜ朽木で無農薬農業を始めようと思ったのか、そして商品に込められた想いを伺いました。
黒く小さなお米に含まれる沢山の栄養が、健康を支える
「まずは、田んぼに行きましょうか。もうすぐ収穫時期ですので稲穂がきれいですよ」
朽木に着いた我々に対して、車で田んぼを案内してくれました。田んぼは車で数分のところに点々と散らばっており、もち米や米は金色の穂に、黒米は茶色い穂をなびかせていました。
農業を始めたのは、横井さんが37歳の頃までさかのぼります。もともと朽木で育ち、ガス配送会社で20年程度勤務。その後、JA(農業法人)で2年ほど働き、農業を始めたと言います。
横井さんは米を育てる「農業」から、黒米や餅米を使った大福など「加工」、そして、京都、大阪の産直市等に出店する「販売」までを一括で行っています。現在は、週3で加工を手伝ってくれるスタッフと一緒に働いていると言います。
横井さんが育てる「黒米」は初めて耳にした人も多いかもしれません。黒米は古代米の一種であり、日本に伝わってきた米は黒米や赤米が最初だったとも言われています。
黒米の特徴は、栄養価です。脂質が少なく、ポリフェノールが豊富。さらには、食物繊維も白米や玄米の2倍になります。一方で、白米と比べてカロリーや糖質量は低くなっています。
食べ方としては、雑穀米と同じで米と混ぜて炊く。朽木まるきゅうの黒米の場合は、3合の米に対して大さじ1杯の黒米を入れて炊くだけで、鮮やかな紫色になります。
昔からお祝い用の米としても重宝されて、高価格なものが比較的多いです。しかし、朽木まるきゅうの黒米は、なんと500g/1,080円で販売されています。さらに、無農薬で育った黒米を、毎日食べ続けやすい価格で提供しているため、何度も購入してくれるお客さんも多いです。
成功が見えないから、挑戦するのが楽しい
今では、無農薬で黒米を育て、加工から販売までも担う横井さんですが、なぜ“黒米”を、そして“無農薬”で育てようと思ったのでしょうか。当時を振り返りながら、横井さんは「朽木をなんとかして盛り上げたかった」と話します。
「2005年に平成の大合併があり、朽木は高島市になりました。さらには、少子高齢化がともない、村の催し物やイベントが少しずつ減っていきました。私は朽木を何としても盛り上げたいと思い、地元のお祭りの実行委員会を担当していましたが、それもなくなってしまいました」
朽木の活気が少しずつ失われていくなか、横井さんは「このままサラリーマンをやっていていいのだろうか」と不安が募っていったと言います。
「とりあえず、朽木の人たちに役に立つことをしたいなと。お年寄りの“なんでも屋”になって電球を変えたりしてもいいかなと思っていたんです。
そのときに、『農業で困っている』という声を聞きました。高齢化は進むし、過疎化も進んで、田畑は荒れる一方だと。さらに、朽木という場所は、日照時間が短く、冬は寒いし、獣害が出る。
とことん、農業には不向きな場所が朽木です。でも、私は逆境であればあるほど『やってやろうではないか!』と思う性格なので(笑)。そんなに不向きな場所で、さらに、育てるのが難しい“無農薬”で成功させて、朽木で一番有名になってやるぞ!という気持ちでした」
そう言ってハハハッと笑う横井さんの横顔には、少年の無邪気さが垣間見れるような気がしました。
「農業のなかでも黒米を選んだのは、親友のお父さんから『黒米を作らんか』と誘われたから。でもある日、その親友のお父さんが亡くなってしまったんです。“想い”を引き継がないままでは終われないなと思い、黒米を作ることにしたんです」
もともとは農業をしたいという気持ちが一切なかったという横井さん。しかし、朽木を想う気持ちや近しい人が亡くなった出来事などが重なり、「自然と農業へ向いていったね」と語りました。
誰もが手にとり、食べ続けてくれる価格を
朽木まるきゅうで販売されている黒米大福は無農薬の食材を使っているにもかかわらず、1個130円で販売されています。その安さゆえ、常連さんからは「もう少し価格を上げてもいいのでは?」とすら言われることも。
しかし、横井さんは1個130円という値段を変える気持ちはないと語ります。
「値段を変えない理由の1つは、繰り返し大福を食べてほしいからです。無農薬無化学肥料で、体に良い食品は食べ続けることによって体に変化があると思います。しかし、世に出回っている無農薬のいわゆるオーガニックの商品をみると、値段が高いものが多いです。これだと繰り返し食べられず、“ご褒美”になってしまいます。
もう1つの理由は、できるだけ多くの人に届けたいという気持ちがあるからです。そのためにも、お客さんが普段食べているモノと比較したときに、手を伸ばしやすい価格にしなくてはいけません」
特に、子どもたちが大福を買うときの“ワクワク感”を大事にするためにも、130円にしていると言います。
「くさつFarmers’ Marketで、親御さんからもらったお金を握りしめて買いにくる子たちがいます。その子たちは『このお金で何個大福を買えるだろう』とワクワクしながら、並んでくれるんですよ。そんな子たちに、『持っているお金では、大福を買うのに足りないよ』とは言いたくないんですね」
私たちの世代でいうと、駄菓子屋さんでどれだけのお菓子を300円で買えるだろうか――そんな気持ちに似ていると語る横井さん。小さなお客さんの気持ちを汲み取り、大切にする。そんな横井さんの優しいまなざしが、価格にも反映されていました。
原理を知って、自ら作る
無農薬で米を育てつつ、1個130円で大福を提供し、かつ利益を上げないと生活していけません。そのためにも、横井さんは「できることは自分で全部やる」ことを掲げ、機材や売場にはその試行錯誤が見えました。
「まず、機械は最新のものではなく、中古の機械を買います。例えば、米の乾燥機は普通だと100万〜200万円くらいするのですが、私はずいぶん古いものを購入したので5万円程ですみました。
中古を購入する理由として、機械の原理を知るためです。最新の機械を買ってしまうと、ハイスペックすぎてどういう原理で動いているのかがわかりません。でも、中古だと何がどう動いているのか原理を知ることができます。原理がわかると、故障が起きたときに自分で修理することができます」
「仕組みや原理を知って、作るのが大好き」という横井さんの作業場には、沢山の“作品”があります。その1つが、売場で使うポップです。横井さんが好きな筆文字を使ったデザインが特徴的なポップは、お年寄りや子どもなど客層に合わせて準備をしています。
他にも、大福を入れているケースも手作り。金具を購入しなくていいように、振り子の原理を使って箸と糸で開くようになっています。
「原理を知るのも好きですし、実験するのも大好きなんですよね。
朽木まるきゅうを始めたとき、和菓子を作った経験などなかったです。なので、ネットでレシピを検索して、材料の量や煮込む時間などをすべてデータ化。取ったデータの平均値を出して大福の試作品を作りました。
そこを出発点にして、『煮込む時間を伸ばしたらどうなるかな?』など“実験”を繰り返して、今の大福の味になりました」
お客さんが食べる姿を想像して、また頑張れる
家族の健康のために、無農薬の食品を買いたいけど、高価格でどうしても手が届かない――そんな気持ちを抱いていた人も多いのではないでしょうか。そんな人たちに向けて、朽木まるきゅうは、低価格を維持しつつも、美味しさを追求し続けています。
取材終わり、横井さんに「今後は何に挑戦したいですか?」と質問を投げかけてみました。
「くさつFarmers’ Marketでは、新しい商品を持って行きたいですね。しかも、毎回新商品を持っていき、『朽木まるきゅうさん、今日はどんなものを持ってきたんだろう?』ってワクワクさせたいです(笑)。
私は、お客さんが商品を買って、食べたときの反応を想像するのが楽しみなんです。もう15時だからそろそろ食べてるだろうな、どんな顔してるだろうかって(笑)。その反応を糧に、また大福作ろう〜!って思えるんですよね」
執筆後記
「無農薬の食材がご褒美になってはダメだ」という横井さんの言葉を取材中に聞いて、ドキッとした。その理由は、私自身「無農薬の食材は高いからな…」と諦めの気持ちがあったからだ。
自炊をメインとする生活を過ごすなかで、いつも買っている野菜が数十円高騰するだけで「高い」と感じてしまう。200円のピーマンと150円のカボチャがあったら、いくらピーマンの肉詰めが食べたくても、カボチャの煮つけを選んでしまうのが私だ。
それほどケチな私だから、無農薬の食材は少し遠い存在だった。なるべく国産の野菜を買おうと心がけているけど、無農薬の野菜はそれらに比べて値段が高かった。
でも、もし私に家族ができたら?子どもができたら?毎度心を痛めながら、お財布とにらめっこしながら無農薬の野菜を買うのだろうか。横井さんの取材は、そんな私の心配を払拭してくれるようなものだった。
さらに、驚いたのがより良い商品を提供するため、大福を1個130円で提供するための、数々の試行錯誤だ。「これも手作りですか?」と聞いたときの、横井さんの無邪気な笑顔が忘れられない。
取材で数々の気づきをもらい、執筆後記が少々まとまらなくなってますが……。「ぜひ、くさつFarmers’ Marketで横井さんの大福を食べてほしい」この一言に尽きる気がする。
執筆/つじのゆい
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