くさつFarmers' Market

取材記事

2025.07.11

蒸籠(せいろ)の香りと穏やかな時間が漂う 『光ル茶崙』で中国茶と滋賀の恵みを味わうひととき。

光ル茶崙[草津市]

東海道草津宿本陣エリアの静かな街並みに、暖かな光を放つ1軒のお店。
くさつFarmers’ Marketの会場から徒歩2分ほど、中国茶と点心のお店「光ル茶崙(ヒカルサロン)」さんを訪れました。

温かな空気をまとったご夫婦の姿は、マーケットでも印象的です。

今回はお店に伺って感じた印象や、お二人との会話を通じて、マーケットとはまた違った「光ル茶崙」さんの魅力を紹介します。

草津宿本陣に佇む穏やかで静かな場所

「光ル茶崙」さんのお店は、草津宿本陣に馴染むように静かに佇んでいます。もともとは滋賀県の高島で古民家を購入し、移住してお店を開きたいと考えていましたが、なかなか理想の場所に巡り合えずにいました。そんな時、偶然草津でこちらの物件に出会います。

ーー駅前の喧騒からトンネルを抜けただけで、どこかゆるやかで静かな時間が流れている――

その不思議な落ち着きに惹かれ、この場所にお店を構えることを決めたのだとか。

(↑ひのきの香りと柔らかな光に包まれた店内)

お店の扉を開けると、ふわりとひのきの香りが漂ってきます。木目調で落ち着いた雰囲気の店内を柔らかな光が照らしており、どこか落ち着く穏やかな空気が流れています。

お店に来たのは初めてでしたが、ご夫婦が温かく出迎えてくださり、マーケットでの温かさとはまた異なる、心が静かに満たされる空間です。

(↑60センチの蒸籠が織り成す迫力と香り)

店内に足を踏み入れてまず目を引いたのは、存在感のある大きな蒸籠。
この蒸籠は直径60センチあり、外側はヒノキ、中は竹で出来ています。

毎日使用する蒸籠は、約1年半ほどで買い替えをしています。「思いのほか持たないものだなぁと感じています。」と微笑みながら語ってくれました。

優しいヒノキの香りが、店内を包み込みます。

光ル茶崙さんの店内は、新築でありながらも古民家のような落ち着いた趣に包まれています。
滋賀県高島市の古材を活かした空間は、使い込まれた木の味わいが自然と馴染み、柔らかな照明とともに温もりある雰囲気を醸し出しています。

ふと見上げれば、可愛らしい金魚が描かれたアンティークの照明や、繊細な幾何学模様の障子を使った照明が楽しませてくれます。

「こだわるつもりはなかったんですけど…」と笑う舞さん。
随所に光る遊び心と丁寧な設えが、空間そのものを心地よいものに仕立てていました。

素材にこだわる光ル茶崙の原点

山﨑さん夫妻がお店を始めたきっかけは、「素材にこだわったものを、自分たちの納得のいくかたちで提供したい」という想いからでした。

「私の通っていた料理教室では、“料理を通して命とどうかかわるか”という話がよくされていました。中医学や“医食同源”の考え方にも通じる部分があって、日々の食事が身体を整え、健康を支えるという感覚が自然と身についていきました。」と。

“医食同源”とは、食と薬は本来同じ源であるとされる中国の伝統的な考え方で、日常の食事によって体調を整え、病気を防ぐというもの。こうした考え方は今のお店のメニューづくりにも息づいています。

「薬膳の要素を取り入れてメニューを考えていますが、あえて“薬膳”とは言わずに提供しています。日常の食事として自然に取り入れてもらい、身体を整えて欲しいという想いがあります。何よりも、自分たちが食べて美味しくないものは出したくないんです」

この”素材にこだわる”という姿勢は、様々な食に関する学びを通して、より強く意識するようになったといいます。

「できる限り自分たちの目が届く範囲で、安心して使える素材を選びたい」という考えを大切にしています。お店では、滋賀県産の肉や米、小麦を中心に、調味料や出汁もできる限り既製品に頼らず手づくりする。体に余計な負担をかけず、ゆっくり整えてくれるような、そんな食事を目指しています。料理もお茶も、身体に入れた瞬間に消えていくもの。だからこそ、誠実につくりたいです。」

お店に漂う湯気や香り、やわらかな空気感の背景には、食材と真剣に向き合ってきたお二人の歩みが息づいています。

中国茶との出会いと茶藝師への道

「そろそろお茶を入れましょうか」

と舞さんが慣れた手つきでお茶の準備を始めてくださいました。お茶を待つ間、中国茶と出会ったきっかけについて伺いました。

「昔から中国茶が好きだったわけではないんです。」

実は、舞さんが中国茶に魅了されたのは、イギリスでの体験がきっかけ。

「イギリスに住んでいた頃、イギリス人の友人が『ラプサンスーチョンっていうお茶がすごく美味しいよ』と言って、すすめてくれたんです。紅茶好きの間では知られた存在で、期待して飲んでみたんですけど……正直、ティーバッグだったのもあるのでしょうが、その時はすごくまずく感じました(笑)。ですが、日本に帰国して前職のお店で、ちゃんとした茶葉のものと出会い、再び飲んだら驚くほど美味しくて。そこから中国茶に興味を持つようになりました。」

舞さんはその後勉強を重ね、茶藝師の資格を取得することになります。

「試験は中国で行われます。実技の試験では茶席を自分でデザインして、審査員の前でお茶を淹れるんです。お茶は何を選んでもいいので、せっかくだから滋賀県産のお茶を使いました。」

その試験で舞さんは見事に合格し、茶藝師としての活動をはじめました。

(↑カウンターに佇むヴィンテージの茶缶)

カウンターの上を見ると、変わった銀色の缶がありました。

「あれは今はディスプレイとして使っていますが、もともと茶葉を入れるための缶で、お店をオープンする際に知り合いの方からいただきました。置いてあるだけで雰囲気が出ますよね。」

まるでバーのような世界観だな、と感心していると

「お茶には寝かせることで価値が増すこともあるんですよ。プーアル茶も今は人工的に発酵を進めて45日くらいで作るものもありますが、もともとはプーアル茶といって、緑茶のような仕上げをした茶葉をゆっくりと熟成させることで深い味わいを楽しんでいました。」

お茶によっては車一台が買えるほどの価値になることもあるのだとか。

手際よくお茶を入れる舞さんに中国茶の仕入れ先について伺いました。

「お茶は複数の仕入れ先から取り寄せていますが、そのひとつが台湾の農家”茶ノ助”さんです。
その農家さんがすごいんです!」と舞さん。

「台湾の台中にある高山でお茶を作っていて、完全無農薬・無肥料で育てています。深い山のなかで育てているので、茶師の張さんからは山の香りがします。(笑)農薬を使わない良質な台湾茶を伝えたいと、自分で山を切り開いてお茶を育てているそうです。自然のままの山なので、自分で弓矢も手作りし、野生の動物などと共存、共生しながら本当にこだわってお茶づくりをされています」

そんな張さんは、年に一度お茶会を日本で行うのだとか。

「中国茶や台湾茶の世界では”茶酔い”という言葉があり、飲み進めていくとまるでお酒を飲んでいるように良い気分になってくる、、という意味なのですが、張さんの淹れるお茶は、すぐにボーッとしてくるくらい、おいしくてすごいお茶なんです。」

と、楽しそうに語ってくれました。

(↑石山のまろやかな水がお茶を仕立てる)

使用している水にもこだわりがあります。お店で取り扱うのは、滋賀県大津市石山の岩間山の水。軟水でまろやかな水は、お茶との相性が非常に良いのだそうです。

実は舞さん自身もこの地域の出身。

「地元のお水でもありますし、できるだけ滋賀のものを使いたいとも考えていました。軟水だからいいというわけではないんですけど、お茶が柔らかく仕上がるので気に入っています。」

この水はお茶だけでなく、料理に使う野菜だしにも使用されています。

(↑梔子花蔵茶”くちなしはなくらちゃ”)

この日いただいたのは「梔子花蔵茶」。

四川省の黒茶「四川省蔵茶」にくちなしの花で自然の香りをつけたお茶です。
口に含むと熟成香のような香りが鼻に抜け、濃厚でありながらもまろやかな味わいが楽しめました。効能としては、胃腸を温め、消化を助ける作用があるとされ、特に身体を整えたいときにぴったりのお茶ですね。

草津の空気が、背中をそっと押してくれた

お茶を飲んで一息ついたところで、お二人にくさつFarmers’ Marketへ出店のきっかけについて伺いました。

「たくさんの知り合いがこのマーケットに出ていたので…うちも出店したいな、と思っていました。実際に出店してみると、ここのマーケットは周りの方が本当に温かくて、すごく楽しかったです。」

今では他のマーケットなどにも出店されていますが、くさつFarmers’ Marketの、出店者や来場者との距離を自然と縮めてくれるような、穏やかで心地よい空気が色々なマーケットに出店してみようと思うきっかけになったのだそうです。

「店舗では時間の流れとか空間そのものを楽しんでもらいたいけど、マーケットでは点心やお茶をもっと気軽に楽しんでもらえたらと思っています。」

今では「お店にも行ってみたい」と声をかけられることも増え、マーケットを通じたご縁が、少しずつ日常に溶け込んでいます。

(↑身体がよろこぶ、滋賀の恵み)

食事の紹介もしていただきました。

スープは、野菜出汁・鶏ガラ・昆布の三種の出汁を一から丁寧に取ります。特に野菜出汁はキャベツや人参、玉ねぎ、セロリなどを端材ではなく、新鮮な素材をそのまま使います。素材の旨みがじんわりと広がる味へと昇華します。

↑の写真は1番人気のランチセット。折々で内容は変わるそうですが、この時はマーケットでお馴染みの点心やちまきの他にスープ、日替わりの中国茶など光ル茶崙を堪能できるセットになっていました。

(↑ホッと一息できる点心セット)

気軽にお茶と点心を楽しみたい人に向けた点心セットもあります。点心、デザート、中国茶が付きます。

(↑香り立つ、本格担々麺)

こちらも時期によって、他の麺料理やスープ仕立ての水餃子などに変わるそうですが、取材時は「黒胡麻の担々麺」を出されていて、京都・へんこの練りごまをベースに、弥平唐辛子や中国産の花椒などをブレンドした特製ダレが決め手。滋賀県産小麦の麺と、香り高くまろやかな辛さが調和した一品でした。こちらも中国茶がセットで付きます。

のれんの向こうにある、静かな温かさ

光ル茶崙さんでは、中国茶の会や星読みなどのイベントも不定期で開催されています。ふと立ち寄りたくなるような、暮らしに静かに寄り添う場所。のれんをくぐれば、やさしく穏やかな空間が広がっています。「気軽にお越しください」と語るお二人の言葉通り、初めてでも肩の力がふっと抜けるような、静かであたたかな時間が待っています。