くさつFarmers' Market

取材記事

2025.10.09

珈琲から繋ぐもの、届けるもの。ヨイマメ珈琲からみえた世界

ヨイマメ珈琲[栗東市]

カラフルであたたかみのあるロゴが印象的なヨイマメ珈琲さん。
くさつFarmers’ Marketでは、珈琲や珈琲豆などを販売されています。
今回は栗東市東坂にある緑豊かな景色に囲まれた焙煎所で、店主の石上さんにお話を伺いました。

焙煎所に着き、早速見せていただいたのは焙煎の様子。
焙煎時の温度や時間、風量はすべて機械で管理できるようになっています。

約10分という短い焙煎時間の中で、温度や豆の様子、香りを確認しながら、水を抜く段階→豆を茶色くする段階→味を出す段階の3つの過程を経て、私たちがイメージするような珈琲豆が出来上がります。

機械化によって温度や時間を数値でわかりやすく管理できたり、有名なロースタリー(焙煎所)の焙煎データへ簡単にアクセスできるようになったりと便利になる一方で、条件のみを揃えても同じ味が出るわけではなく、その時の豆の種類・状態などに合わせることが必要となり、珈琲豆の焙煎への挑戦や表現の幅は広がっています。

ただ、石上さんは、自身の味を表現することを目指すよりも、豆の良さを引き出せるような焙煎を大切にされています。
目の前の豆に合う焙煎をするうちに、自分の焙煎方法も更新されていく。それも焙煎や珈琲のおもしろさのひとつだと考えられています。

“よい豆”をめざして

焙煎だけではなく、もちろん豆選びも重要な工程。
石上さんは豆を見て綺麗かどうか、心を込めて作られ、届けられたかどうかを大切にされています。そういった部分は、やはり味のきれいさにも繋がってくるそうです。

「ヨイマメ珈琲」の名前は、近江商人の商売の考え方”三方よし”が元になっています。
美味しいことはもちろん、”産地や珈琲に関わる仕事をする人たちにとってもいい豆”を、との想いを込め、名前を付けられました。
ただ当初は、あるオーガニックマーケットに初めて出店される際、お客さんたちに説明がつくよう、なんとなくつけた屋号だったと言います。

しかしその後、活動を通して周りの出店者さんたちと関わっていく中で、ご自身の心境にも変化がありました。

「農家さんとの繋がりを大切にするとか、そういった想いを持つ人たちと触れ合う中で、珈琲豆を焙煎しているけれど産地のことも知らない、どんな木でどういう人たちが育ててるのかも知らない。そんな状態で焙煎していくのってすごいダサいなって、そういう風に思えてきて。」

次第に作り手さんや関わる人たちのことを意識するようになっていた中、石上さんはあるNGOの手伝いとして、ミャンマーへ行くことになります。

 

ミャンマーで感じた世界の奥行き

ミャンマーでの手伝いを通して、味を決めるのは豆の善し悪し、焙煎の技術だけではないと考えるようになったと石上さんは言います。

「もちろんどの豆にもストーリーはある。でも、商品ページをいくら熱心に読み込んで、色んなものをイメージしたものでも、やっぱり半信半疑というか。ここの村にこういう女の子がいてとか、そこまでしゃべれるから、それが味に乗ると思ってて。それを知ることができるかどうかで、全然感じる価値が違う。そういう風にいろんなものを珈琲に落とし込んでいきたい。」

自分の身で体験することで初めて伝えられる唯一無二のストーリーは、飲む人の珈琲体験を豊かにすると感じられるようになったそうです。

豆の善し悪し、焙煎の技術など、測りやすい要素以外の部分で、自分が素敵だ、応援したいと思う珈琲や珈琲に関わる人たちを、どうすればより魅力的に届けることができるか。

石上さんにとってミャンマーでの体験は、技術者としてよりもロースターとして産地のことを発信したい、産地や珈琲に関わる人たちのことをもっと届けられる説得力を持つロースターを目指したい、と考えられるようになる大切な体験になりました。

多くの人が関わって珈琲が作られ、届けられていくのだということを伝えていくため、現在は”100人でつくる珈琲”をひとつのテーマとして掲げられています。
自分の力だけでは決してなく、自分が注目されるための焙煎でもない。自身も100人のうちのひとりとして珈琲を届けるためのきっかけ作りをする。
それが今のヨイマメ珈琲の、ひとつの目指す形となっています。

しあわせの再構築

そして、ミャンマーでは珈琲との向き合い方を見つけていくと同時に、幸せや貧富についても考え直すことがあったと話してくださいました。

「ミャンマーに行って思ったのが、自分がしていることは支援じゃない。支援じゃないというか、ミャンマーの人たちはそもそも貧しくない。その人たちはその村でずっと生活してきて、それが普通。
お金というもので考えると貧しいかもしれない。でも、全然精神面では豊かで、NGOとして行ったときも、”あなたたちが来なかったら、私たちは貧しいってこと知らなかった”って言われた。」

支援をする側が貧しいと決めつけているだけで、本人たちは自分たちをそう思っていない。
“支援”、”貧しさ”のフィルターを外して現地を見てみると、ミャンマーの人たちは毎食家族とご飯を食べ、今に満足した暮らしをしている。

日本はミャンマーと比べると物もたくさんあり、経済や様々な分野において技術が進んでいるかもしれないけれど、自分の時間や家族との時間はあまりなかったりする、、

と考えた際、自分にとっての幸せは、ミャンマーの人たちのような豊かさなのかもしれないと感じるようになったそうです。

かつては焙煎をしながら鳶(とび)職もしていた石上さん。
会社を経営され、それなりの収入もあったそうですが、その分家族との時間は全くと言っていいほどなく、ご自身の時間はすべて会社のために使われていました。

「ショックだったのは、久しぶりに会った長男に”また来てね~おっちゃん”って言われたこと。家族との生活のためと思って働いて稼いでいたけれど、そこから違和感を抱くようになった。
自分の中で徐々に勢いもなくなってきて、もう鳶はやめようって思った。」

石上さんと珈琲との出会いは、奥さまとの結婚の挨拶の時でした。
奥さまのご実家が喫茶店で、得意ではないのにも関わらず背伸びをして頼んだブラックコーヒーが美味しかったことが焙煎士になる入口だったと言います。

そこから、焙煎を学んだり、ミャンマーへ行ったり、家族や幸せについて考え直す機会があったりという時間を経て、今の石上さんやヨイマメ珈琲のかたちが作られていきました。

「奥さんによく言うんですよ。なんでこんな世界に引き入れてんって。(笑)
面白いよねぇ人生って。珈琲に出会ったおかげで、ミャンマーに行って、珈琲以外でも多くのことを気づかせてもらえて。幸せです。」

 

伝え、繋ぎ続けていくもの

現在、石上さんは珈琲に関わる活動の他に東坂地域での活動も大切にされており、朝市や田植えなどのワークショップを開催しています。

「子供たちが苗植えたらぐっちゃぐちゃなんよ、それでもお米は育つ。
今の子どもたちって、何も失敗できない空気を感じていて…一発退場みたいな。でもそうなるのって失敗してこなかったからやと思うねんか。
ここは季節を感じるマルシェっていうので色んなワークショップを取り入れて、失敗できる場所のようなものを今後作っていきたい」

珈琲も東坂での活動も、やることは変わってもやりたいことは”伝えていく”ことなのだと、楽しそうに話してくれました。

 

あとがき

現在ヨイマメ珈琲さんは、東坂周辺やお子さんの通う幼稚園で繋がりのあるご家庭にも珈琲豆を販売しています。
形式的なネット上の販売よりも、顔の見える範囲で届けられること、身近なところからご自身の伝えたいストーリーと併せて届けていくことも、今のヨイマメ珈琲さんの理想の形です。

一方で、カッピング(珈琲のティスティング)会を定期的に開催され、焙煎技術の向上のためのアクションも続けられています。

今回お話を聞かせていただいた際、石上さんご自身の、知識や経験に驕らず学び続ける姿勢や誠実さをずっと感じていました。
しかしそれは石上さんにとって、珈琲を提供する者としてのマナーだというだけであり、決して自分が目立ちたい、すごいと思われたいからではない。ただ素敵なストーリーを届けたり、人との繋がりを作ったりするためのきっかけにすぎないのだそうです。

そんな想いを知った後でヨイマメ珈琲さんの商品を見てみると、パッケージには難しい説明は書かれておらず、おすすめの飲み方やシチュエーションの提案が記載されていることに気づきます。
“難しいことは考えず美味しい珈琲を楽しんでほしい”という石上さんの心配りなのではないかと私は感じました。

取材に伺った私たちにも興味を持って話をしてくださり、
話を聞けば聞くほど、関わる人や自分と違うことをしている人への感度、興味、尊敬といった、自身が触れる世界への柔らかさ、そして珈琲という自分が作るものへの実直さや真摯さを感じるばかりでした。
そんな石上さんだからこそ、”100人でつくる珈琲”が生まれ、そして説得力を持っていくのだと思います。

あの日、思わず息をいっぱい吸ってしまうような東坂の景色を眺めながら、石上さんから聞かせていただいたお話がずっと頭に残っています。

取材時にはここでは書ききれないほどの珈琲への思い入れや、それを通したご自身の変化を聞かせていただきました。
興味を持った方はぜひマーケット等で、珈琲の話、焙煎の話、ストーリーの話など、直接石上さんから、みなさんそれぞれが受け取れる形でお話を聞いてみてほしいと私は思います。