くさつFarmers' Market

取材記事

2025.12.08

湖の恵みを、もっと身近に。 琵琶湖の朝から始まる”湖魚処 ぺスカ”の日々

湖魚処 ペスカ[高島市]

早朝5時。薄い朝焼けと凪(なぎ)いだ琵琶湖を前に、湖魚処 ぺスカの前川さんは漁の準備を始めていました。

「今日は遠くからありがとうございます!いい天気でよかったですよ!」と朗らかな笑顔の出迎えが、少し肌寒い朝に温かさを感じさせてくれました。

「それでは進みますね」

前川さんの呼びかけとともに船がゆっくりと波をかき分けると、美しい琵琶湖が目の前に広がりました。

毎朝この景色を眺めながら、漁師として奮闘する前川さん。
ー湖魚の魅力を伝えたいー
そんな熱い思いを持つ前川さん。そのルーツと魅力に迫ります。

1週間の教えから、湖と向き合う日々へ

前川さんが漁師になるきっかけは同い年の友人が漁師になったことでした。

「その当時、30代・40代とこのままのキャリアでいいのか不安を抱えていました。地元の同級生が漁師になると聞いた時、釣りが好きだった自分にも漁師という仕事を好きになれるのではないかという考えが頭に浮かんできました。、それから1年後には仕事を辞めて漁師になりました。」

元々釣り好きで、自分で試行錯誤するところに釣りの楽しさを感じていた前川さんは、先輩漁師さんのもとで学んだのは、わずか1週間ほど。基礎を学んでからはすぐに1人で漁を始めたそうです。

「今ではいい思い出ですが、1人で船を出すようになって1週間のころ、漁に出たら急に吹雪になって泣きそうになったことがありました。当時、魚群探知機もなかったときに目の前の景色すら見えなかったのは、さすがに過酷な経験でしたね。」と楽しそうに語ってくれました。

そこから1年、試行錯誤しながら手探りで漁に出続け、ほかの漁師さんが毎日やっている作業や失敗談を聞いて学び、自身のスタイルを形成していきました。
特に漁場や仕掛けの向きなどを細かく変えているそうで。ほかの漁師さんたちは毎年決まった場所で漁をしているように感じますが、風の向きや水温の変化、小魚の動きなどを見て仕掛けの位置や向きを変えています。

慣習に頼らず、自分の感覚で確かめ、納得できる形を探し続ける。それを楽しく追及している姿勢こそが前川さんのルーツになっていると感じました。

 

網に伝わる喜びと、湖が抱える現実

仕掛けたポイントに到着すると、前川さんが流れるような手つきで網を巻き上げ始めました。

「9月に入ってからほとんど獲れていないんですよ。普通に1匹も獲れない日もあるので……」と少し不安そうな前川さん。

刺し網漁は船の上から目視で魚が確認できるため、取材班もドキドキしながら水中を凝視します。半分ほど手繰り寄せたところで、水面から銀色の影が跳ねました。

「かかってますね!」と声が上がります。

ビワマスです。

「もっと獲れるポイントが先にあるので、こんな最初の仕掛けからかかることも珍しいですけどね。とりあえず幸先よくスタートできました(笑)」

前川さんからは安堵の笑みがこぼれ、取材班も思わず顔を見合わせていました。最終的にこの日は計10㎏近くのビワマスが獲れて、ここ最近の中では多めの漁獲となりました。

それでも「僕の目標は、1日100kgです!ちなみに漁師1年目の時には、1日50㎏を獲れたことがありました!目標までは、まだまだ足りないですね!」と力強く高みを目指す前川さんは格好よく、現状に満足せず挑戦する強い意志が伝わってきました。

ただ、魚体は年々小さくなっており、1kgを超える個体はあまり見られません。この日のビワマスも平均で800gほど。前川さんもビワマスを人工的に繁殖させる事業に参加されていますが、できるだけ大きい個体を使って受精させるなど、出来る限りの工夫をされています。

琵琶湖が直面している課題は漁を支える「道具」にもあります。 特に仕掛けに使う網を作る職人は高齢化に伴って引退が進み、後継者もほとんどいません。

「漁師になりたい気持ちを持つ人が、いざ漁師になった時に道具がない。それが一番心配です」

職人が1枚ずつ仕立てる網も、今では数えるほどしか作り手が残っていません。新品を頼めば価格は以前の数倍。前川さん自身も漁に出ていない時には網の補修などをして、網を大切に使い続けています。琵琶湖の漁の多くは刺し網で行われますが、その網がなければ伝統的な漁は成り立ちません。網がなくなれば琵琶湖でできる漁の種類も限られてきます。

それでも湖魚の魅力を伝えたい

そんな厳しい状況でも前川さんが漁師となり、朝早くから漁に出続ける理由は、湖魚のおいしさを多くの人に味わってほしいから。琵琶湖産の魚は東京の高級店で価値の高いものとして取り扱われている一方、その価値は一部の食通に知られている程度で広まっていないのが現状です。

そんな中で若い人も多く訪れている”くさつFarmers’ Market”で食べてもらい、まずは湖魚の良さを知ってもらうことが前川さんの1つの目標でもあります。

「人が多いところでどれだけ受け入れてもらえるかを試したかったのもありました。草津市は高島市よりも人口が多く、湖魚を知らない人も多いと思うので。」そう語る前川さんの目は、挑戦することが楽しくて仕方ないという風に輝いていました。

湖魚処ぺスカさんの商品は特に子どもたちからの人気が高いそうで「”ここの魚なら食べてくれるんです”という声を複数組のお客様からいただきました。1組や2組だけならあれですが、、そういった声を何度も聞かせてもらえているので流石に自信になります(笑)子どもは味に素直なので、一番うれしいですね」

前川さん自身のお子さんも、普段はあまり魚を食べないけれど、ビワマスだけは口にしてくれるそうです。「やっぱりこの魚はすごいな」と改めて感じるからこそ、素材の力を活かすのがぺスカさんのこだわり。

「ぺスカの料理がおいしいのは、素材のおかげです。だから、自分の納得できないものは出したくないんです。」

私も獲れたてのビワマスを実食しましたが、脂っぽさのないすっきりとした味わいで、気付けばたくさん食べてしまっていました。市販のサーモンと比較しても癖が一切ないので、魚嫌いな人や子供でも美味しく食べられるのかもしれません。

生のビワマスは販売許可の関係でマーケットでは出せずに断念されたそうですが、前川さんは「どうすれば魚に馴染みのない人にも手に取ってもらえるか」を考え、試行錯誤の末にたどり着いたのが串揚げでした。食べ歩きしやすく、子どもや湖魚を知らない人でも気軽に食べられる形。

串打ちもあるので、仕込みには時間がかかり、準備は大変だそうですが「お客さんが喜んでくれるなら、その手間も惜しくない」と前川さんは微笑みます。

「ビワマスを揚げたら意味がないと言われるかもしれません。でも、まずは食べて知ってもらうことが大事。どこかでビワマスを見かけたとき、“今度はお刺身で食べてみよう”と思ってもらえたら嬉しいです。」

前川さんは、今後は冷蔵のフィレ販売や、季節の湖魚を使った新しい商品の提供にも取り組んでいく予定です。

 

湖の未来へ、想いをつなぐ

最後に、漁師を目指したい人や興味のある人に向けて、前川さんにメッセージを伺いました。

「周りの漁師さんもみんな優しく、想像していたよりもずっと穏やかな世界でした。やってみたい人は、まずは飛び込んできてほしいです。ただ、家族がいる人は2倍3倍考えてからにしてください(笑)」と、自身の経験を踏まえながら軽やかに笑う前川さん。

その言葉には、現実を知る漁師としての優しさと、湖に生きる人としての矜持がにじんでいました。
取材の中で前川さんは、「琵琶湖の魚のおいしさを知らない人がまだまだ多い。少しでもその良さを広められたらいいなと思っています」と話していました。

なにより、自分が獲った魚を食べてもらえること。お客様から「美味しかった」と声をかけてもらえること。そのひとつひとつの反応が、日々の励みになっているそうです。

“湖の恵みを、もっと身近に”。

くさつFarmers’ Marketとしても、こうした生産者さんの想いを大切に、今後も多くの人に届けていきます。