くさつFarmers' Market

取材記事

2025.12.10

美しい棚田と固定種を次の世代へつなぐ「尾﨑が育てた野菜。」

尾﨑が育てた野菜。[大津市]

比叡山の山麓に位置する仰木の棚田。くねくねと車で10分ほど上がっていくと、棚田の最上部。生活道路の音は遠くに薄れ、上流からの清らかな水が水路を静かに流れていく – – – そんな場所に「尾﨑が育てた野菜。」の田畑があります。

ここでは主に固定種と呼ばれる野菜が農薬不使用で栽培されています。
仰木の棚田と固定種の野菜を次の世代につなぐ – – – そんな想いをもって農業に携わる尾﨑さんにお話を伺いました。

(美しい仰木の棚田の風景)

 

原点は兵庫の山奥で暮らした3年間

大阪府寝屋川市に生まれた尾﨑さんですが、お父様のお仕事の都合で3年ほど兵庫県の山奥に暮らすことに。ここに、尾﨑さんの原点がありました。

家庭菜園でタマネギをはじめ色々な野菜が育つのを間近で見てきたほか、周囲を360度自然に囲まれた環境で育ったことが、その後の尾﨑さんの歩みに影響を及ぼします。

「ほんまに歩いて2、3分で山なんです。秘密基地つくったりとか。そこで周りに『なんか実がなってるな』と感じたりしたのを覚えていて」

人間が何も手を加えなくても、巡る季節に応じて植物は実をつける – – – もちろん”農薬不使用” “無肥料”という視点でその事象を捉えるのはもっと先のことですが、
そうした自然の営みは尾﨑少年に確かな印象を刻みました。

 

自然の循環の中で…理想がみえた20代

尾﨑さんの20代は、音楽活動と並行しながら「農薬を使わずに作物を育てる」可能性を探った期間だったといいます。きっかけは『奇跡のリンゴ※1』との出会いでした。
※1 絶対に不可能と言われた農薬不使用リンゴの栽培に成功し、“奇跡のリンゴ”として大きな話題を集めた青森のリンゴ農家・木村秋則の実話を元にした作品

「大人になり、農業は工業的なもの、いわゆる慣行農業にならざるをえないのが現実なんだというイメージをもっていました。そんな中『奇跡のリンゴ』を読み、「無肥料・農薬不使用でも作物って育つんだな、それやったら農業をやってみたいな、という気持ちが芽生えました」

『奇跡のリンゴ』と、幼少期に兵庫の山奥で親しんだ木の実が結びついた瞬間でした。
その頃の生業だった音楽活動と並行しながら家庭菜園をはじめ、30代を目前に農業法人に就職。

その農業法人は敷地内にレストランも併設しており、農薬不使用と並ぶもう一つの重要な尾﨑さんの価値観が、その時代に形成されたといいます。

「その法人はレストランも併設していて、ロバもいたんです。畑で育てた野菜がレストランのプレートに乗り、残渣がロバの飼料になり、その糞が堆肥になって畑に戻る。そんな循環の中にいました。自分の進む方向性がこの頃に決まったように思います。工業的な生産や収益作物に特化した生産ではなく、農という営みの総体を生業とし、自分たち家族が食べる分を自給自足した上でその延長に商売があるような感じのイメージをもちました」

農薬不使用と自然の循環を重視して農業と関わる、2つの重要な価値観が形成された20代でした。

 

そして仰木の棚田と出会う

仰木との出会いは偶然だったそうです。はじめて仰木の地に立った際、「自分でやるならこういう場所がいいなあ」とふわっと描いていた理想にぴたりと重なったといいます。農業法人での勤務が4~5年になった頃でした。

「生活道路から距離があり、棚田の最上段であるため上流から清らかな水がすっと降りてくる。いくら農薬不使用で栽培していても、生活道路から近かったら空き缶が飛んでくるかもしれないし、水路の上流でごみや農薬の空き袋が紛れ込んでしまうかもしれないじゃないですか。」

仰木の棚田の最上段は、幼少期を過ごした兵庫の山奥のような、360度自然に囲まれた場所でもあります。偶然ではありましたが、勤め人を辞め、独立へと背中を押す出会いとなりました。

独立までは、およそ一年間の並走期間がありました。農業は播種~収穫~販売までのサイクルが長く就農時のキャッシュフローが厳しくなりがちであるため、農業法人に勤めながら無理のない形で独立へと歩みを進めます。

尾﨑さんが「奇跡の連続のようだった」と形容する仰木の棚田との出会いを端緒に、様々な試行錯誤を経ていまの「尾﨑が育てた野菜。」のスタイルが確立されたのです。

今ではファンを抱える作物も多い「尾﨑が育てた野菜。」。とくにレンコンや白ネギは、季節が巡るたびに「今年も楽しみにしている」と声をかけられることが増えたそうです。くさつFarmers’ Market(KFM)でも、レンコンや白ネギを目当てに買いに来てくださる方が目立つようになったといいます。

(看板商品の白ネギ。元蔵といさおの2品種が栽培されている)

そうしたファンが感じている魅力の1つに、「固定種」がありました。

 

味の“深さ”が固定種の魅力

就農当初は、F1(交配種)の王道品種も栽培していたそうです。たとえば、見た目やそろいの良さで評価のある品種、名前を聞けばすぐに分かる人気品種。いずれも市場のニーズに応えやすく、扱いやすさという点で合理的でした。

一方で、味の面では決して納得のいくものではありませんでした。尾﨑さんは固定種で感じられるような”深さ”がF1種にはないといいます。

「F1の味は1度『パーン』ときて終わるような感覚。単調で複雑さ、深さが感じられない。主観によるところもあるかもしれないが、たぶん当たっている。」

「昨今、キャベツなどのアブラナ科の野菜のF1種は小瀬菜大根という大根の雄性不稔※2という特性を利用してつくられている。こうした品種改良にはメリットもある一方で、キャベツ本来の風味が損なわれている可能性があります。」

※2 温度などの環境要因や遺伝的要因により、受精可能な花粉(雄 性配偶子)をつくることができない現象。F1種の種子を生産する際、おしべを取り除く作業が不要であることから利用されることがある(農研機構用語集より)

このような違和感もあり、F1種は扱わなくなったそうです。

もちろん技術の進歩やF1種の存在意義自体を否定しているわけではありません。知った上で選ばれるのはいい。でも、キャベツとは何か?ダイコンとは何か?それぞれの野菜の定義が変わるかもしれないような変化が、人々の知らないところで進んでいくーそうした違和感を見過ごしたくないという思いが尾﨑さんの根本にあります。

「自分の子どもや次の世代の人々のためにも、F1種も固定種も含めて選択肢を知っていることが大事だと思います。自分は農業や野菜のことしかわからないけれど、親としてはやっぱりそれを伝えたい。押し付けることはないですが、興味をもってくれたタイミングでは伝えていけたらなと思っています。」

独立当初から保育園への野菜の納品を続け、ご自身も2歳の子の父でもある尾﨑さん。事業を通じて固定種という選択肢を次の世代に繋いでいきます。

また、可能な作物は自家採種にも取り組みます。たとえばナスなどの果菜類では、早めに着果したイイものを“種取り用”として畑に残し、十分に時間をかけて採種するそうです。種を残すということは生命としてものすごく体力を使う活動なのですね。

「種採りは、生命をつないでいく活動だと思います。」

(種採用に選ばれたナス。食用に収穫するタイミングから数カ月かけて種が育つ)

 

豊かな風味で看板商品となったレンコン

看板商品のひとつが、棚田とその水を活かして育てるレンコンです。春に水を張って泥をこねて泥田にし、適期に肥料を施しながら冬に収穫へ向かうのが基本の流れ。毎年一部区画は種レンコンとして残すそうで、先輩農家から種レンコンを受け継いだ時から連綿と命を繋いできました。

KFMでも大人気のレンコン。その風味の豊かさの秘訣は、1つには先輩農家から受け継いで毎年種レンコンをつないでいる品種によるもの。もう1つには、肥料によるものだと言います。

「肥料には発酵鶏糞を使用していますが、購入元の養鶏農家さんが結構こだわって育ててらっしゃるんです。平飼いで、飼料として醤油の搾りかすや蛎殻石灰を与えている。結構ええもんを食べてる鶏たちなんです。」

風味の豊かさを味わってもらいたいため、レンコンの調理方法は「焼き」や「揚げ」がおすすめとのこと。筑前煮など「炊き」がメジャーな調理方法の印象ですが、風味という意味では飛んでしまいやすいそうです。

「風味は圧倒的に焼きの方が残るんです。あと揚げ。すり潰して片栗粉とあわせて団子にしたり、天ぷらとか、素揚げでレンコンチップとかも美味しいです。油との相性が良い。」

KFMで尾﨑さんのレンコンが食べられるのは冬シーズン。是非足を運んで、手に取って、「焼き」か「揚げ」でレンコンの豊かな風味を楽しんでみてください。


(夏の蓮の葉。冬にかけて風味豊かなレンコンが育つ)

つながる場所、くさつFarmers’ Market

販売の主な出会いの場が、くさつFarmers’ Marketです。出店の中心は冬シーズン。レンコンと白ネギが主役になり、定番を目当てに足を運んでくださる方が少しずつ増えてきたといいます。栽培の考え方や品種の違い、固定種の面白さを、直接対話で伝えられるのが魅力だそうです。

「お客様との会話が、選択肢を知るきっかけになるといいなと思います。『昔おばあちゃんが作ってくれたナス料理の味が懐かしいんだけど、スーパーで買ったナスだとその味にならなくて…でもFarmers’ Marketのナスでつくったらあの味がまた食べられるかも!』例えばこんな会話で固定種の魅力の再発見につながることもあるでしょう。」

KFMは『切り離されてしまった”育てる人”と”食べる人”の関係が再び紡がれる場所に』という想いをもって開催しており、尾﨑さんもその理念に共感して出店してくれています。一方で、メディアでの食の扱われ方には、その理念とは逆の流れを感じることもあると言います。

「食のポジションをメディアが下げすぎだと思うこともあります。とにかく時短で、安く、簡単に。街頭インタビューにしても『食費をいくらに”抑えて”いますか?』といったものが多いですよね。」

食が時間とコストの抑制対象に過ぎない時、私たちにとっては選択肢を知ること、農産物の背景にあるストーリーを知ることは難しい。そこにもどかしさを感じ、食育など「伝える」活動にも強い想いがある尾﨑さんですが、現場での生産の営みにどうしても時間と労力がかかってしまいます。そんななかにあって、KFMはお客さまとつながる貴重な場になっていました。

「固定種の野菜をF1種と同じように売るのは難しい。種子を残すことが仕事に組み込まれていないF1種と、種子を残すことと実を大きくすることを両立しないといけない固定種とでは、どうしても生産性(価格)に差が出ます。だから普段使いでなくてもいいんです。『誕生日だから』『パーティーだから』『これだったら子どもが食べるから』。KFMでお客さまとお話するなかで、少しでも農薬不使用や固定種の野菜について、伝わり、食べていただくきっかけになると良いなと思います。」

 

棚田と固定種を、次の世代へ

仰木の棚田は、他地域と同様に担い手の高齢化に直面しています。この棚田をどう次の世代に残していくのか?この問題は常に頭の中にあると言います。

「隣の田んぼは90歳手前のおじいちゃん。もし引退されて米を育てられなくなったら自分がやれたらなという気持ちもあるが、手が回らないのが現実。一緒にやっていけるような同じ志の仲間がいたらな、といつも思っています。」

一方で、畔の草刈などのお金にならない作業が多かったり、棚田では少しでも杜撰な管理をする人がいるとそれより下の水を使う圃場に影響が出るなど、シビアな面が多いのも事実。

「農業という仕事を本気で伝えることも私の仕事です」

美しい仰木の棚田で固定種の作物を育てるー。
この営みを次の世代へとつないでいくのか。この問題と向き合いながら、真摯に野菜を育て、伝える尾﨑さんの活動は続きます。

 

(編集後記)

特別な日だけでも”深い”味わいの固定種の野菜を食べてもらえたら嬉しい。
そんな尾﨑さんの想いが印象的でした。

オーガニックや固定種といった現状マイノリティのジャンルは時として、
「価値がわかる人が買ってくれればいい」と、内に閉じこもってしまうことがあります。

しかしそれでは多くの人の理解と応援を得られず、選択肢として残っていかない。
そんな感覚が尾﨑さんにはあるのではないかと思いました。

それにしても、尾﨑さんのレンコンが食べられる冬が待ち遠しいです。